2016年6月25日土曜日

牧野富太郎記念館へ行った日

おととい、高校時代からの友人のさやと牧野富太郎記念館へ行ってきた。
道中いろんな話をした。彼女は大学でアール・ブリュットを学び、長野の美術館で働いたあと、茅野に自分のギャラリーをつくった。その名もアノニムギャラリー。「アノニム」には「無名の」とか「匿名の」という意味があるらしい。たしかに有名な作家の作品は置いていない。私だって展示したことがあるくらいだから、その無名っぷりは徹底している。

電車の中で彼女が熱く語った。
「そもそもアール・ブリュットの定義はね、秘密、孤独、沈黙なわけ。だから『アール・ブリュット展』とか『アウトサイダーアート展』とかって、作品を発表したり評価をうけてしまうと、もうすでにそれはアール・ブリュットではなくなっちゃうわけ」
「ふむふむ。でもさやは、そういうものをギャラリーで展示しているんでしょ?」
「そうだよ。こっそりね」
「矛盾しているんだね」
「そうなの」

大泉学園駅近くのうどん屋でお昼ご飯を食べ、いざ記念館へ。
平日だったせいか、人も少なく静かだった。庭にはいろんな草木が植えられていて、一つ一つに名前が書いてあった。「道端でよく見るけど、あなたそういう名前だったの」という感じ。牧野さんが日夜研究した書斎もそのまま残っていた。ボランティアのおじさんが「彼は草花を探しに野原へ行くとき、いつもとびっきりのお洒落をして行ったんです。まるで恋人にでも会いにいくみたいに」と教えてくれた。
千以上の名もなき草花を発見しては名前をつけていったという。「金木犀」もそうなんだね。もし私が野の花だったら、牧野さんのようなネーミングセンスのある人につけてもらいたいと思った。

展示の一部に、牧野さんが書いた勉強心得が飾ってあった。20代の頃に書いたその15か条の抱負は死ぬまで実践されたという。私は、気がついたら立ったまま全部書き写していた。手がしびれた。





その間、友人は中庭のベンチに座って草花を眺めていた。雨が上がって、庭は木漏れ日でキラキラしていた。私が隣りに腰かけると、「いま、わかったよ」と言ってメモしたことばを見せてくれた。
「アールブリュットはまだ誰も足を踏み入れたことのない森のなかで木漏れ日を受けてひっそりと咲く美しい花だ」

私は親指を立てて、かっこいいじゃん、と言った。





2016年4月30日土曜日

『ヒップホップ・ドリーム』を読んだ日




映画「サイタマノラッパー」でラッパーの役を演じることになり、人生で初めてラップを聴き始めた日々のことを思い出した。
あの頃、THA BLUE HERBを聴いていたのは覚えているけど、私にとってラップは未知の世界だった。右も左もわからずに「ラッパー/初期/日本人」と検索したら、吉幾三の「おら東京さ行ぐだ」という曲が出てきて、とりあえずそれをヘビーローテーションすることから始まった。
それから毎日いろんなラッパーの曲を聴いていたら、あるときMC漢の「導〜みちしるべ」というCDを手にした。それを聴いたときの衝撃は忘れない。「この人の言っていることは本当だ!」と思った。たくさん聴いて、背中を叩いてもらった。

そして今日、漢の自叙伝を読み始めた。とても面白い。正直で、チャーミングな文章。
また、ラップをやりたくなった。

2016年4月24日日曜日

夜中に目がさめた


1
パチパチ、焚火の音がした古いレコードが回る音だったかもしれない
そよ風のようなギターが古い記憶を運んで来た
泣けない人のために泣く
死ねない人のために死ぬ
笑えない人のために笑う
それがあんたの仕事なのと、言われたような気がする
焚火のような、くぐもったにぶい光のような声だった


2
起きたときに、大爆笑していることがある。


3
私のともだちがタンポポを持って訪ねて来た。
どっちかっていうと、ナイフとか爆弾とかが似合う人なのに、その小さな黄色い花がよく似合った。嬉しいような寂しいような顔をして笑っていた。
そこで目が覚めて、メガネをかけて庭に出た。細かい雨が降っていて草木はしっとり濡れていた。私の小さな庭にはタンポポがたくさん咲いている。摘もうと思ったら、夜だからか雨だからか、みんな花びらを閉じて眠っていた。まあそうだよな、もう夜ふけだもんね。




2016年4月17日日曜日

台風が来た日


最近は、若木や花がなにやら美味しそうな色をしている。外で本を読んだり仕事をしたりしたい季節。



落ち葉がきれいだったのであれもこれもとたくさん拾って帰ったら、次の日にはもうみんな茶色になっていた。



詩吟を習い始めた。とても楽しい。今朝は台風だったので、カラオケボックスで一人で練習をしてみた。へんてこな気分になった。一緒に歌える詩吟友だちが欲しい。



2016年3月1日火曜日

もうすぐ春だと思った日


一年前、ノートにデタラメに訳したある曲の歌詞を見ていたら、当時の日々のことが思い出された。
なぜか、もうすぐ春だと思った。



夕方、カルビン・ジョンソンの歌を何度も聴いて歌詞のイメージを書き出してみた。いまのところ、こんな感じの歌詞が出て来た。





When hearts Turn Blue
ブルーになるとき

目が覚めたら そこは いつものブルー
部屋の隅 窓を眺める カーテンがゆれる ひゅー

はたまたブルー
あちこちブルー
見慣れたブルー

僕は魚になって 海の中にダイビング
潜っていく どこまでも
君が沈んでいく そのまわり 

はたまたブルー
あちこちブルー
ゆらゆらブルー

夢を見るために今日も眠る
深くて 青い 夢を
もしもし 今夜は どんな夢を見ていますか
もしもし 聞こえてますか 聞こえてますか どうぞ

だんだんブルー
ゆっくりブルー
一面ブルー

ブルーのまま朝が来て 今日一日のことを思う
10年後のことを思う
何もかわらないかもしれない 何も ただ青いだけ
目を閉じれば そこは いつものブルー

だんだん濃くなっていく
このブルーはきれい
このブルーの中で 漂っているだけ

だんだんブルー
ゆっくりブルー
目を閉じて そこは ブルー



2016年2月4日木曜日

季節が分かれた日

昨日は節分だった。
ひょっこりひょうたん島の舞台は九州までぐるりと旅をして、また東京に戻ってきた。
昨日は「福はうち〜!」とい言いながらみんなで豆を投げた。





朝、布団の中で山尾三省さんという詩人の本を読んだ。とてもよかった。


「全身微笑」

全身微笑という 特別な人格を
ぼくが体現できたわけではないが

まずはその言葉が 突然にやってきて
それは
足の先から 頭のてっぺんまでの
何億兆ともいう細胞たちのひとつひとつが
それぞれに微笑み

その結果として
このしかつめらしいぼくという人格も おのずから
ひとつの全身微笑に 成就し
まるで小原理恵さんの描く お地蔵さんのように

ほっこりと微笑している

という 本格的な願い つまり

全身微笑地蔵菩薩への 心からの発心が
今ここに 樹ちました

ぼくの全身の細胞たちよ だから これからは
さあ 咲(わら)って咲って 咲って咲って

(『祈り』より/野草社)












2016年1月8日金曜日

なかなか寝つけない日

寝なきゃいけないのに眠れない。
本も読んだし、映画も観たし、朗読も落語も聞いた。それでもだめ、そんなときみんなどうしているんだろうか。井上ひさしさんは「辞書を読む」と何かの本で書いていた(さすが日本語の鬼!)。私はといえば、ベッドの中でiPodでニルヴァーナを聴いている。ますます寝れなくなった。

今年の正月、私の中で突然ニルヴァーナが炸裂した。なんてカッコイイ音楽なんだ…。
そのまま勢いで、近くにいた父の髪の毛をカートコバーン風に短くカットした。
今年はロックの一年になる予感。


今日、人形劇「ひょっこりひょうたん島」のDVDを見た。
冒頭、火事になったビルの屋上で島人たちが困っていると、ドンガバチョ(自称大統領)が大声でこんな風に言った。
「皆さ〜ん! 飛び降りるのは怖いとか死んだらどしよ〜というような心の雑念をお捨てください。心を空っぽにしましょ〜!カラッポにした分だけ身が軽くなりますぞ」
そう言い終わると彼はこうもり傘をガバッと開いてビルの屋上からためらいもなく飛び降りた。

凄いな、と思った。私はどこまで空っぽになれるかな。
舞台「漂流劇  ひょっこりひょうたん島」もいよいよ明日から松本入り。福岡、大阪と周って、2月に渋谷シアターコクーンで千秋楽。がんばるぞ〜!


2015年11月15日日曜日

ポスターを作った日


「アレノ」という映画が、11月21日からK's cinemaで公開されます。
この作品の中で、これまでの自分の人生のあらゆる瞬間を煮詰めて、一片の詩になればいい、と思ってやりました。個人的なことばかりですが、どこかの誰かの心に届いたら嬉しいと思っています。


アレノメモ①
「舞台となるのは、全てが不確実な世界。どこにも結びついていない世界。」


アレノメモ②
「こうしてわれわれはまたも孤独だ。もうじき私は年をとるだろう。そしてついにはこれも終わりになるだろう。」



そしてそして・・・一緒に、私のデビュー作「人の善意を骨の髄まで吸い尽くす女」もレイトショーで数日間上映されることになりました。嬉しいです。


(↑ ポスター)


2015年9月17日木曜日

昔のことを思い出した日

雨の日がなんか好きになった。



この間みた「鉄割」は相変わらずぶっ飛んでいて、たくさん笑った。
テニスコーツの新曲がよくて、たくさん聴いている。




少し昔のことを思い出した。

山田家には5人がけのダイニングテーブルがあって、夕飯を食べ終わると父はいつもそこに座ってテストの丸つけをしていた(彼は小学校の教師だった)。父の椅子の後ろには戸棚があって、その中にはキャンディやら乾パンやらに混じって、若いころの彼が書いた詩画集がつまっていた。私が何かに悩んでいたりすると、「お父さんもね、そのことについて考えたことがあったよ」と棚の中をゴソゴソ探して作品の一部を引っぱり出して読ませてくれた。作品にはどれも「POOH」と手書きでサインがしてあった(プーさんが父の愛称だったようだ)。当時の自分がどんなことで悩んでいたかは忘れてしまったけど、ピンと来るものもあれば来ないものもあった。

この詩を書いたときの若き父の気分を、今はなんだかとても近くに感じる。


2015年6月25日木曜日

火のないところに煙が立った日

今日は、全くいわれのない噂を立てられて心底驚いたけど(びっくりし過ぎて笑った)、この曲を聴いて元気が出た。




さ、私は私で頑張ろー。

2015年6月20日土曜日

まとめてやって来た日


近藤ようこさんの漫画は大学生の時に知った。喫茶店でふと手にとって絵だけを見て気になっていたのだけど、まだまだこの世界は自分には早いような気がして、その時は読まずに閉じた。  

それからかれこれ10年が経って、私のところに一つの作品がやって来た。
ラジオドラマ「春来る鬼」。近藤ようこさん原作。 
これがきっかけで、最近彼女の本を遡って読んでいる。ただ、一作品ごとのパンチが重いから(立ち直るのに時間がかかる)、書店で恐る恐る一冊ずつ買っていたのだけれど、縁あってこんなふうに一気にまとめてやって来てしまった。


↑ 近藤ようこタワー。
鼻血が出そう…。


ラジオドラマ「春来る鬼」
【NHK FM】
2015年6月27日
午後9時~午後9時50分
お楽しみに!


2015年5月27日水曜日

ひたすら踊り続けたいと思った日

昨日、岩井秀人さんと快快の「再生」という作品を観に行って、舞台上で30分×3セットひたすら踊り続けるんだけど、最期の方はお腹がよじれるほど笑った。椅子なんかに座ってないで、一緒に舞台の上に行って踊りたくなった。あまりに激しい運動量で、代役の人がやっていた。次は私に代役を振ってくれないだろうか・・・。
見終わった後、小躍りで横浜の街を歩いて、渋谷の人ごみの中を走り、地元の酒場へ躍り込んだ! あー、楽しかった。 


劇中でかかっていた音楽の中でも、これすごく好きだった。


2015年5月26日火曜日

ある日の朗読

(2015年3月2日 録音)

2015年5月20日水曜日

久しぶりに音楽なしで歩いた日

最近いろいろやるせない事があって、毎日起きて寝る瞬間までiPodで音楽を聴き続けていた。さっき、夕方の町を公園へ向かって歩いている時、久しぶりにイヤフォンを外していることに気がついた。

公園には野球をしている男の子達と、小さい子供を連れたお母さん達が何組かいた。私はベンチに腰かけてセーラムの煙草を一本吸いながら、子供たちの遊ぶ様子を見た。いつか私に子供が生まれたら、ヒールのある靴もはかなくなるのかな、と思った。






2013年1月2日水曜日

もっと、カウベルを!

ハッピーニューイヤー! いかがお過ごしですか?
私は年末年始らしい映画を二本観に行きましたよ。一つは『007 スカイフォール』。あと30分で新年だったから席はガラガラだったけど、すごく楽しかった。ザッツ・エンターテイメント! もう一つは『レ・ミゼラブル』。こっちはなにしろ三時間くらいの超大作で、その間登場人物たちが入れ代わり立ち代わり歌い続けるもんだから、後半あたりで頭が少しボンヤリしてきた(元旦でよかったよ)。でも、みんな歌が上手だった。子どもの歌うシーンが特に心に響いた。
去年はどんな年だったかなって振り返ってみたけど、前半の方あんまり覚えてないんだよな・・・。とりあえず、二度、湖ができるくらい大泣きして、二度体調を大きく崩した。今年は、今年こそは、心身ともにタフになって、もっといろんなことを楽しめるようになるんだ。



そんなわけで、今年の私の合言葉は「モア・カウベル!」。ピンチのときとか気持ちに余裕がなくなってきたときに心の中で叫ぼうと思う。「もっとカウベルを!」って。そうすれば苦しいことも楽しく乗り越えられそうな気がする。
いかがわしいサングラス姿で登場するのは、私の大好きな俳優、クリストファー・ウォーケン。彼は長年タップダンスを習っているらしくて、そのときよく着るTシャツには、「シャラップ&ダンス!」って書いてあるんだって。そういうところが好きなんだよな。

* * *

長年続けてきたこのブログを、一度ここでお休みしようと思う。
今の自分が感じていることや見たものの印象を文字で表現するのは、難しかったけど楽しくもあった。そのうちまたここに何か書きたくなったら書こうと思う。

それではそれでは、今まで読んできてくださった方々、ありがとうございました。
全ての人にとって、今年一年がたくさんの笑顔の年になりますように。



(ひとまず、おしまい。)


2012年10月22日月曜日

秋の落書き日記

このブログ、もはや季刊だよ。
「締め切り」がないと、こんなふうに年に4回のペースになっちゃうんだね!
たまに、私のブログを楽しみにしてると言ってくれる人がいる(凄いたまにだけど)。私も、どうしたらたくさん書けるようになるか研究中。


「川島、道士やめるってよ」


テレビ東京のドラマ「好好!キョンシーガール」が始まった(というか、もうすぐ終わる)。私はアイドルグループ「9」のトチ狂ったマネージャー役で出ているよ。台本を読んだときに爆笑したけど、作品はどんな感じに仕上がっただろう? ちなみに、イラスト左の女の子は似てないけど川島海荷ちゃんだよ(本当に似てない)。


「メジャー・デビューの巻」

私の四コマ漫画がね、どんどん出世しているよ。もう本人を追い越さんばかりだよ。
いつもビックリするような所から「描いてください」って頼まれてきたけれど、今度はTBSのドラマ「レジデント」の公式ホームページに連載されることになったよ(大丈夫か!?)。もう訳が分からないけど、とりあえず毎日ネタを考えているよ。そろそろやめないと、このままじゃ本物の四コマ漫画家になってしまいそうだよ・・・。
これ(↓)は以前タワレコのフリーペーパーの編集の人に、「コンビニをテーマに四コマ下さい」と頼まれた作品。


もうこれ以上出世しなくていいから!(母)

2012年8月24日金曜日

夏のフォト日記


「ナポレオン」

私の小学生の頃の辞書を見ていたら、

不可能という文字がなかった。



「新しい映画」

あたらしい映画の撮影が始まった。
これから一年かけてちょっとずつ撮る。 キャストのほとんどは中学生。
手作りの耳(ガムテープ)をつける鈴木たくじ監督。どんな映画になるかとても楽しみ。



「動物園」

上野動物園に行ってきた。
お昼間で暑かったせいか、人も少なく静かだった。
二時間ほどかけて一周してわかったのは、動物たちに共通しているのは、動きにムダがなくて、使っていない筋肉は完全にリラックス(脱力)しているということ。(たまに、やる気がないだけか?とも思ったけど。)そして、みんなびっくりするくらい自我フリーだった。うらやましい。
人前で平気で自分のアソコを丸出しにして昼寝してる猿とか、おばちゃんに色んな角度から何度も写メとられても微動だにしない岩みたいな鳥とか、一体何考えてるんだろう? と思った。


で、このあいだ撮影の合間に、録音のタカアキ(山本)さんに「何考えてるんだと思います?」ってこの写真見せたら、「あっ、ハシビロコウだ! こいつすごいんだよ。いつもはジッとしてるんだけど、獲物が近づいた瞬間にバクって食いつくんだぜ」という。
なんてこった・・・演技だったのか! 私はその鳥のあまりにもナチュラルで嫌味のない演技力に驚いた。(まあ、この謎の鳥の名前が即座に口から出てきたタカアキさんにもビックリしたけど。)
あの後、おばちゃんが鳥に食われなかったかちょっと心配になった。

大きな綿のかたまりみたいに歩くゾウ。
 動物会議用のベンチ。

(おしまい)

2012年8月5日日曜日

新しい関係

ここ最近、私が手を焼かされてきた問題について書いてみようと思う。
まだ解決したわけでもないし、うまく整理できるかわからないけどさ、ひとまずの区切りとして「そういうことかよ!」とイメージできたところまで書いておきたい。

まずはこのブログのことから話そう。
このブログを始めた頃、ここは私にとって“秘密の庭”のような存在だった。私はそのひっそりとした庭のベンチに座っては、誰かに手紙を書いて悩みを打ち明けたり、今の自分をありのままに語ってきた。たまに読んでくれる友人達からは「使い方間違ってるよ」とか、「遺書みたい」とか言われたけれど、中にはそんな私の個人的な告白を面白がってくれる人もいた。
でも時が経ち、そんな“秘密の庭”も、だんだん覗きに来る人の数が増えて気づいたら“大衆浴場”のようになってきた。そして今ままでここで堂々と語っていたことがなんだか恥ずかしくなり、「こんなことを言ったらどう思われるかな」ということが私の頭を占めるようになってきた。自我、自意識、エゴ? 心理学のことはよくわからないけれど、これは今まで私があまり意識してこなかった新しい感覚だった。それでどうなったかというと、私は自分の本当の気持ちを隠すようになった。当たり障りないことばかり言ったり、引っ込んでもじもじしたり・・・。
でもね、これやってると、ぜんぜん楽しくない!私はこの先に行きたいと強く思った。多くの人が見てくれるようになった、そして恥ずかしいという感情が出てきた。じゃあどうしたらいいか? 
どれだけ「のぞき穴」が大きくなっても、そんなことおかまいなしで堂々と、正直に、自分自身でいられるようになればいい。これってカンタン?

* * *

先日読んだ本の中で、バーナード・ショーという人がこんなことを言っていた。
「劇場の視点まで拡大された自己暴露こそ、演劇芸術のすべてだ」
わーお!この言葉の中に、私が求めるほとんど全てが詰まっているよ。「自己暴露」は誰もがするでしょ。自分だけの日記の中で、親しい友人との夜の会話の中で。でもね、どうしたら見ず知らずの大勢の人が見ている中で、それと全く同じ事ができるんだろうね?(その方法については本には書かれていてなかった。)

ある程度の年齢になれば多かれ少なかれ誰もの中に出てくる「自我」というやつ。
私はこれまで二度、人から「自我を捨てろ」と言われたことがある。一度目は大学一年生の秋、初舞台の打ち上げで、演劇サークルの男友達から言われた。「真歩、自我を捨てろ」と(このときは「自分をすてろ」という意味だったかもしれない)。二度目は25歳の秋、農家ステイで偶然出会ったおじいさんから「自我を捨てなさい。あなたのためになるから」と言われた。
そんな訳で、よくわからないけど、とにかく自我というのは捨てなきゃいけないものなんだなと思ってきた。それ以来あれやこれや試行錯誤したつもりだけど、だんだん「こりゃー、捨てられるような代物ではないんじゃないか?」と思えてきた。影みたいなもんでさ。下手に無視すると、「酷いわ!私はここにいるのよ!」と叫びだしたりする。
他の人がどんなふうに自我と折り合いつけてるのか知らないけど、今現在の私はこんな感じで行けないだろうかと思っている。(イメージ図↓)心理学者が見たら笑うかもしれないけど。


押さえつけたり無視したりしないで、一緒に協力して乗り越えていく方向だ。
これで果たして上手くいくのかはわからないけど。でもまあ、とにかくやってみるつもりだ!

(つづく)

2012年5月28日月曜日

良い天気

最近、私が元気をもらっている音楽のことなど。

この間、AZEALIA BANKS というアーティストのPVを観た。何言ってるかよくわからないけど、やたらとかっこいい。カメラ、服装、ヘアスタイル、全てが最高に彼女に似合ってる。やっぱり黒人て何かを持ってるよな。なんだろうね、この揺るぎのないリズムは、マネできない独特の笑い方や歩き方は。あー、本当にかっこいい。ここ最近のヒット。毎日踊ってる。



これまた美しい。大きい画面で観ることをオススメします。
こんなふうに踊れるようになりたい。



* * *

心理テストをやったよ。
あなたがパートナーに求める「条件」を三つあげるとしたら? という問題。
私がパッと思いついたのは、
1.アーティストであること
2.性格が良いこと
3.ユーモアがあること
だったよ。そして最後に「あえてもう一つ加えるとしたら?」という問題。
そうだなあ、何だろう?「私を笑わせてくれる人」かなあ。なんて考えていたら、実はこの最後の答えが、一番自分が求めている理想の人なんだってさ。なーる。

* * * 

「リリオム」本番始まって、今日で5日目。昨日は知り合いが大勢観に来てくれて嬉しかった。感謝。今日も一日しっかり乗り越えられますように。

2012年5月14日月曜日

五月メモ

ここ5日間、鼻水が止まらない。こんなにティッシュペーパーを消費したのはいつぶりだろう。活きのいいウイルスのせいか、はたまた芝居の稽古の疲労とストレスで免疫力が落ちているせいか。こんなことではいけないね。タフになりたいよ。心から求む、「タフ」。どこかに売ってないだろうか? 新商品「タフ」。

「レンタネコ」の公開が始まった。猫をレンタルすることを通して、心の穴を埋めていく人たちの話。初夏にぴったりの爽やかな映画。ラムネを飲みながら鑑賞することをオススメします。ただ、私が今一番レンタルしたいものは猫ではない。それは「明るくて健康的な主婦」だ。彼女のおかげでシャツはいつもシワひとつなく、お弁当は健康を配慮されていて、布団に入ると暖かいお日さまの匂いがするんだ。そんな夢のような「レンタ主婦」。

猫といえば、山田家(私の生まれた家)では昔、猫を飼っていた。「モモちゃん」という名のそれはそれは勇敢なメス猫だった。彼女は周囲が驚くほど“タフ”だった。とにかく恐れというものを知らなかった。いつも野良猫とケンカしては美人を台無しにして帰ってきたし、飼い主の私の手を血がにじむまで噛み付いて離さなかった。いま思えば、それが彼女の愛情表現だったのかもしれない。そんなモモちゃんを、今、心から尊敬する。
モモちゃんの他にも、我が家にはさまざまな生き物がいた。ウサギ、カメ、メダカ、アゲハチョウの幼虫、ハムスター・・・。私が夏休みの宿題と格闘しているときに、ウサギは黙々とたんぽぽの葉っぱを食べ続けていたし、私がピアノの練習が嫌でしくしく泣いているときに、ハムスターは暖かなわらの中で冬眠 をしていたっけ。みんなマイペースだったなあ。
ウサギを抱く私と兄の図。 ↓

さて、今日も稽古だ。
登らなくてはいけない山は高く険しい。モモちゃん、力を貸してください。

おまけ。↓
雑誌「ピクトアップ」に載せていただいた四コマ漫画。(注:「猫殿」と似ていますが、違います。)


2012年4月26日木曜日

念願

《その一》
いよいよ五月末に本番を迎える舞台『リリオム』の稽古が始まった。
まだ一週間くらいしか経っていなくて、みんなでパズルのピースをひとつひとつ埋めていく作業が続いている。いやはや演劇って難しい! 台本に描かれていることは、氷山の一角なんだもんね。
周りはさまざまな経験を積んできたプロの方たちだし、初めての円形劇場(360度ビュー!)だし、不安な気持ちとワクワクする気持ちが交互に押し寄せてきて毎日がめまぐるしい。
でもね、今回の自分のテーマは「マックスで全開」なのさ。もう行けるところまで行く。出し惜しみしない。心を閉ざさない。たくさん恥をかく。これは、去年の『舞台版・ 中学生日記』の時に学んだ。あの時は、台本がなくてエチュード(即興劇)でつくっていく形式だった。18人のキャスト全員が中学生として、よーいド ンで蜂の巣をつついたように即興芝居をし出したのね。私は怖気づいてしまって、ほとんど発言をすることができなかった。様子を窺ってしまったのよ。そうした ら、そのまま本番3日前まで私の出番はなかった・・・。結果的になんとか上手くいったから良かったものの、これからは「心を開いたころには終わってた」というふうにはしたくない。
念願の舞台だもんね。みんなで協力し合って面白いものをつくりたい。

* * *

《そのニ》
この間、初めてPV作品に出演した。
歌っているのは初音ミクという超売れっ子の架空アイドル。作品のタイトルは「家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています」これまたすごい内容の歌詞なんだけど、実話がもとになっているんだって。面白いやら怖いやらだけど、なんとなくこの奥さんの気持ち、わからないでもない。
いやあ、大学生の時スパイクジョーンズの作品を観てからというもの、いつか出たいとは思っていたよ、ミュージックビデオ。撮影は朝から日が暮れるまで、大爆笑のうちに終わった。あんなにみんなが笑ってた現場ってなかなかない。とにかく記念すべき第一弾だぜ。へっへっへ。

いつかこういうのやりたいよね!(↓これ、途中で切れちゃうのが残念。最後が面白いのに! Fat Boy Slim の「Weapon of Choice」という作品。)


2012年4月11日水曜日

「こいつ離れないんだ」


今日、『くまのプーさん だいじな友だち』という作品を観ていたら、こんな場面があって思わず笑ってしまった。


ひょんなことから雲を怒らせてしまったティガーくんが、雲を追い払うために考えつく全てのことを試してみるのね。走ったり、跳んでみたり、じっとしてみたり・・・。でも、どうしても雲は離れてくれないの(わかるよ、ティガー・・・。私もよくそうなる) 。
途方に暮れていると、仲良しのプーが来て言った。「僕の傘にお入りよ。雨が止むまで一緒に待とう。」 そうして雲が去ったとき、ティガーは学んだのです。「友だちが助けてくれると、暗い気分は吹き飛んで、楽しい一日が過ごせるんだ」ってね。
あー、こういうことなんだよなあ、と思った。 「くまのプーさん」、実は初めて観たけれど、すごい傑作だわ。

* * * 

昔、「今人会」という会をやっていたことがある。 たしか大学を卒業したばかりの頃だったと思う。 名前の由来は忘れたけれど、たぶん「今の人」と「イマジン」をかけたんじゃないかな(我ながら上手いネーミングだ!と思ったのを覚えている)。
ちょうどそのころ、夏目漱石の「木曜会」とか、宮沢賢治の「羅須地人協会」とか、よくわかんないけどみんなで集まって何かをするっていいなと思っていた。それで、我らも何かやろうではないの!と高校時代からの友人たちと勢いで会を発足したのだ。
最初は月に何度か誰かの家に集まって、近況を話し合ったり、詩を朗読したり、映画を観たりするだけだったけれど、ちょっとずつメンバーも増えていき、手書きの「今人会新聞」なんていうのも発行したりした。私はそこに拙いながらも文章や絵を載せたり、一人芝居に挑戦してみたりもした(これは失敗して大泣きしたけれど・・・)。
何はともあれ、集える場所があるというのは幸せなことだったな。

そんな今人会も、それぞれ社会人になっていくにつれ、活動が減っていった。 一人は中学校の英語教師になって忙しかったし、一人はアウトサイダー・アートを学びに大阪へ行ってしまった。
そして私もアルバイト生活をやめ、就職をした。

あれから7年が経ち、またかつての「今人会」のようなことが始まりつつある。 まだまだ小さな集まりだけど、たった二人だって集まれば立派な “会” だ。 そこでお互いの情報を交換しあったり、今悩んでいることを聞き合ったり、 一緒に解決法を捜しながら何かをやってみたり・・・。やっぱり人が集まるってすごいなあ、 一人じゃないっていいなあ、と心から思う。 この小さな始まりの芽が、どんなふうに育っていくやら。楽しみ楽しみ!