2021年7月24日土曜日

最近のこと


紫陽花ももう終わり。

ある方に勧められて、戦没画学生の作品を集めた「無言館展」を見に郡山美術館へ。絵と向き合いながら、沢山のことを感じた。

この間、散歩中にかわいい行灯を見つけた。

夜に行ってみたら明かりが灯っていた。どれもかわいい。

そして今年の夏も、友人宅で猫と留守番。


2021年6月17日木曜日

maho iroiro


インスタグラムを始めたのだけど、まだ使い方がよくわからない。この間はハッシュタグ#の存在を知って興奮した。妹からは「役者が自分の顔を載せないのは、画家が自分の絵を載せないのと同じだよ」とアドバイスされた。そうかもしれない。まあ、いろいろなものを載せてみようと思う。

maho_iroiro

↑ここに「一輪挿し」シリーズ(いろんな草花の歌)を、ぽつぽつ載せていきたい。Instagram は一分以内の音源なら載せられるという。どの曲もとても短いのでちょうどいい。

ただ、「紅椿」だけは一分を超えてしまった。前奏がとても素敵なのだけど、ザンネン。



追記 🌼

斉藤友秋さんの送ってくれる歌声とギターのデモが素敵なので、いつか公開したい。その歌声はまるで、水の中をたゆたっている糸くずのよう(または肩の力を抜いて自由に描いたくずし文字みたい)で、とても真似できない。
私が自分で歌うのが恥ずかしくてモジモジしていると、「上手か下手かは問題じゃないんだよ」と斉藤さんは言った。

斉藤友秋さんが note にこんなことを書いてくれた。嬉しい。
この創作の中での収穫は、道を歩いていて植物を意識するようになったことだ。草花は見れば見るほど面白く、不思議な存在だ。どうしてこんな姿になったの?と心で問いかけると、そういうあなたは?と返される。

 

2021年6月15日火曜日

一輪挿し


「夢覚めて まだ夢見てる 紅椿」

「おわりもはじまりもないふきのとう」

これは、私が日常のなかで見かけた草花の一行詩です。
この一行の詩を音楽家の斉藤友秋さんに送って、そこからイメージして自由に作曲してもらうという「一輪挿し」シリーズを制作中です。ぽつり、ぽつりと、いろんな草花の短い歌が出来つつあります。お楽しみに。

       

<iframe width="100%" height="166" scrolling="no" frameborder="no" allow="autoplay" src="https://w.soundcloud.com/player/?url=https%3A//api.soundcloud.com/tracks/1068748672&color=%23ff5500&auto_play=false&hide_related=false&show_comments=true&show_user=true&show_reposts=false&show_teaser=true"></iframe><div style="font-size: 10px; color: #cccccc;line-break: anywhere;word-break: normal;overflow: hidden;white-space: nowrap;text-overflow: ellipsis; font-family: Interstate,Lucida Grande,Lucida Sans Unicode,Lucida Sans,Garuda,Verdana,Tahoma,sans-serif;font-weight: 100;"><a href="https://soundcloud.com/yamada-maho" title="Yamada Maho" target="_blank" style="color: #cccccc; text-decoration: none;">Yamada Maho</a> · <a href="https://soundcloud.com/yamada-maho/cu05uyig83x8" title="閃きメモ「ふきのとう」" target="_blank" style="color: #cccccc; text-decoration: none;">閃きメモ「ふきのとう」</a></div>

2021年5月21日金曜日

梅雨です

最近、シーモア・バーンスタインさんというピアニストのアルバムをよく聴いている。どの曲も素敵なのだけど、とくに好きなのは二曲目の「子守歌」というショパンの曲。こんなに美しくて優しい曲があるんだと思った。

つわりで寝込んでいる友人にこの曲を送ると、こんなメールが返ってきた。 

「子守歌、いいね。なんか、今日少し気持ち悪かったんだけど、つけてたテレビを消して、ずっとピアノの音聴いてた。 」

Berceuse Op. 57 Lullaby 


久しぶりに映画のコラム「やっほー!シネマ」が更新されました。どこかの誰かに届きますように。 

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第18回「空洞に満ちたもの」


2021年3月13日土曜日

不思議な“つぶ”のこと その③


することがなく、空白の時間ができると、人は普段考えないことを考えるのかもしれない。一年前、未知のウィルスに怯えながらも、私がぼんやりと考えていたのはこんなことだった。

(植物や種の目線からこの世界を見たら、どんなふうに見えるんだろう……)

(人間中心のものの見方から自由になって、もっとおおらかに、もっと長い目で、この地球のこと、生きていくということを捉えてみたいなあ……)

そんなある日、「一緒にアニメーションをつくりませんか?」と声をかけてくれた人達がいた。自粛期間中にできることをみんな試行錯誤している頃だった。

私はこのナイスタイミングに喜び、「植物の種を主人公にしてみたいです」と思い切って提案してみた。最初は「種、ですか…?」と皆頭の中にクエスチョンマークが浮かんでいた(と思う)けれど、さまざまな種たちのユニークな写真集を見せたり話をしていくうちに、「ワクワクしますね。やってみましょう!」と話が盛り上がった。

そこから、いろんな種探しがはじまり……

いろんな種キャラクターのアイデアが出ては消え……

さらに一年近くが経ち……

ようやっと、ささやかな種キャラクターが一つ誕生した。

その名も、「寝たねちゃん」。

私に「一緒に何か作りましょう」と声をかけてくれた人がいて、いろんなアイデアを出し合ってくれた人がいて、絵に可愛らしい動きをつけてくれた人がいてくれて、誕生できました。

ゆっくり育って行きますように。


2021年3月11日木曜日

3月11日

今朝は、ラジオ深夜便「明日へのことば」を聞いていて目がさめた。

10年前、福島の原発で働いていた吉川さんという男性のお話だった。「この地で起きたことが、社会を豊かにすることにつながらなければいけないと思う」という声が印象に残った。

「明日へのことば」(加害者と被害者の二重苦を越えて)

このラジオ、まだ暗い夜明け前に一人で耳を傾けていると、私にとって、真っ暗な海の中でぼんやりと光る灯台のような存在に思える。

最後はいつも誕生花が紹介されるのだけど、今日は涙が出た。  

良い一日にしようと思った。

追記

次の日のラジオ深夜便「明日へのことば」も聴いた。震災の津波で三人のお子さんを亡くした男性のお話。胸に来るものがあった。

「明日へのことば」(「死んでも いい」から「精一杯 生きる」へ)

2021年3月9日火曜日

不思議な“つぶ”のこと その②


そんなわけで、私はやることもなく毎日散歩していた。

一年前のちょうどいまごろ、あちこちで椿がきれいに咲いていた。真っ赤な椿の花が木の根元のところにボタボタとたくさん落ちて、遠くから見ると赤い色が鏡写しのようになっていた。

ものは壊れ、

ひとは死ぬ。

でも、

土に落ちた花びらは肥料になり、

土に落ちた種たちは発芽の準備をする。

こんなふうに・・・







・・・終わりがない。

すごいなあ、不思議だなあ。

歩きながら、そんなことを考えていた。

私は散歩の途中に街の画材屋に寄り、好きな色の色鉛筆を何本かと、スケッチブックを二冊買った。色鉛筆なんて買ったのはいつぶりだろうか、思い出せない。

その時期に描き始めた草花は、日々をつづったコラムの間に押し花のように入れてもらった。



2021年3月3日水曜日

不思議な“つぶ”のこと その①


去年の今頃、私は毎日、植物の種や花の図鑑をながめて過ごしていた。

人にも会えず、仕事がなくて暇だったというのもあるけど、植物に触れたり見たりしていると不思議と心が穏やかになるからだった。

『世界で一番美しい種子図鑑』をめくると、「こんなに美しい色と形の種があるんだ……でも、なぜ?」と興奮と同時に謎が深まった。 

● 藤原辰史さんの「植物考」を読むと、勝手に決め込んでいた植物へのイメージがどんどん変わっていった。 

●「クソでもいいから植えろ」と語りかけるロサンゼルスの園芸家の話を聞いて、「身近なところから始めれば良いんだ!」と勇気をもらえた。

どんなに大きな樹も、最初はほんの小さな“つぶ”だった。

人は土に埋めても芽を出さないけど、植物の種は土に埋めれば芽を出す。

知れば知るほど、この身近で不思議な“つぶ(種)”に魅了されていった。

わたしは植物図鑑を閉じ、実際にこの“つぶ”を埋めてみることにした。 

が、なかなか難しい……。撒けばすぐ出る!というものでもないらしい(ハスの種なんて2千年も発芽しないものもあるという) 。

たくさん撒いたコスモスの種は芽が柔らかくておいしいのか、ほとんどが虫に食われてしまい、一輪だけ生き残ったものが小さなピンク色の花を咲かせた。 

神社の境内で拾ってきた菩提樹の種も、アボカドを食べて残った種も、いまだに芽を出さない。いつか忘れたころ出てくるだろうか。

菩提樹のタネ

たくさんの種たちをスケッチ。

2021年1月14日木曜日

『ナイルパーチの女子会』

役者の仕事を始めてちょうど10年になった。

そんな節目の年に、この作品とこの役に出会えてよかったと思う。20代後半から30代を不器用に生きてきたこれまでの自分に捧げるつもりで演じた。最小限の、でも最良のメンバーと共につくれた日々に感謝。

『ナイルパーチの女子会』は1月30日からBSテレ東で放送が始まります。原作もとても面白いですが、ドラマもぜひご覧ください。🐟🐠


水川あさみさんが送ってきてくれた写真。

撮影の日々によく聴いていたFKJの曲。音楽好きの友人が教えてくれた。






2021年1月2日土曜日

二〇二一年一月

一日

実家にて。Tさんから送られてきていた俳句の月刊誌「雲」の11月号から1月号までを読む。7年前に亡くなった旦那さんの句集『てっぺんかけたか』も。以前はわからなかった句も、何年か経って読むとパッと情景が広がったりして楽しい。難しい漢字は辞書を引きながら読む。

あとがきに、「歩いて俳句。歩いているうちに思いがけない出会いがある。自然との、人との出会いを大切にしたい」とあった。俳句を詠む人たちにとっては、目に映るもの、世界のすべてが季語に見えるのかもしれない。

川沿いを高幡不動尊まで散歩。土手から富士山がきれいに見えた。お正月はなぜかいつも雲一つない空。大学生のときよく通った「あんずむら」でカフェ・オレを飲む。


ニ日

もうだいぶ忘れてしまったけれどこんな夢を見た。求婚者を断りつづける。彼らはカッコいい車に乗っていた。そのあと、ピアノをとても美しく弾く女性と恋に落ちたような気がする。今年の初夢。

本棚にあった『詩という仕事について』(ボルヘス著)をめくっていたら、面白くてそのまま最後まで読んでしまった。タイトルに惹かれて何年も前に買ったのだけれど、その時は内容がよくわからなかったので本棚にしまって置いた。今読むとすごく腑に落ちる。

意味ではなく、音楽のように言葉を発するということ。

芸術や詩はどこかに永久保存してあるものではなく、それを感受できる人間が触れたときにはじめて、その両者の間に発生するものだということ。




2020年12月3日木曜日

もう師走 🏃‍♀

映画のコラム『やっほー!シネマ』が更新されました。 

↓ ↓ ↓ 

「わからない」という魅力

ここ最近、朝起きると三つのバージョンの『地獄の黙示録』を観比べるというのが日課になっていました。 朝から観るにはヘビー級の映画だったけれど、なかなか得難い経験ができました……。個人的に、2020年をしめくくる年末に観るのにふさわしい映画な気がします。

そして、このコラムも今回で一度インターミッション。次回は来年の春頃の予定です。


2020年10月7日水曜日

秋です

最近、よく花の動画を見る。

花が咲く姿も、種になって散っていく姿も、枯れて土に戻っていく姿も、どれも美しい。



映画の連載コラム「やっほー!シネマ」が更新されました。
どこかにいるあなたへ届きますように。
↓ ↓ ↓


以下の文章は、コラムの本文で書ききれなかったこと。


H君のことで思い出すのは楽しかった時のこと。
あれは三年ほど前のクリスマスに近い夜、私たちはドラマの撮影で海岸の船着き場にいた。遠くに見える街はライトアップされていて、海の向こうには大きな満月が顔をのぞかせていた。
スタッフがカメラの位置を決めたり、私たち役者の足元をバミっている間(役者が自由に動きすぎて映像からはみ出さないように、立ち位置を固定するテープを張るのを「バミる」と言う)、私はふと何年か前に大ヒットした「千の風になって」の替歌を口ずさんでいた。確かこんな歌詞。 

私の足元をバミらないでください〜
そこに 私はいません〜 
立ちたくもありません〜
千の風に 千の風になって
あの大きな空を吹きわたっています〜♪

隣で聞いていたH君は「真歩さん、その歌売れるよ!」とお腹を抱えて大笑いした。私は「たぶん役者しか買わないよ」と苦笑いした。足元にテープを貼っていたスタッフも申し訳なさそうに「すみません、バミらせてください……」と言いながらも笑っていた。
私たちはその替歌を一緒に歌いながら、撮影が再開するのを待った。そんな思い出。 

つい最近、あの「千の風になって」という歌詞は、ネイティブ・アメリカンの言葉が基になっていたということを知った。とても良い詩だなと思ったのでノートに書きとめた。 

わたしの墓の前で、泣いたりなんてしないでください
そこにわたしはいません 
眠ってなんかいないのです
わたしは千の風になって、空に吹いています
ダイヤモンドのようなきらめきになって、雪の上に照り輝いています
暖かい日差しになって、実った穀物に降りそそいでいます
秋の雨になって、やさしく地面をぬらしています
鳥になって、やわらかい朝の光の静けさのなかを かろやかに飛んでいます
わたしの墓の前で、泣いたりなんてしないでください
そこにわたしはいません わたしは死んでなんかいません 

(作者不詳)


 

2020年8月5日水曜日

音楽のことなど

1.

そういえば以前、神保町に「ジャニス」という音楽CDレンタルショップがあった。
何か新しい音楽を探しに行こうと思うと、私は電車に乗ってよく「ジャニス」へ行った。ワンフロアの店内には所狭しと様々な国の様々な時代の音楽がぎっしりと詰まっていて、そこへ行けばいつも聴いたこともないような心躍る音楽と出会うことができた。
そんな「ジャニス」も時代の流れには逆らえず、何年か前に閉店してしまった。それ以来、私の持っている音楽はあまり変化がない。もう今持っている曲はほとんど聴き飽きてしまったし、またどこかに探しに行かなくてはと思うのだけど…。

2.

最近、元気をもらったもの。
ベンジャミン・ザンダーさんという指揮者のお話。「音楽と情熱」



3.

映画のコラム「やっほー!シネマ」がUPされました!
書けない書けない、と口ぐせのようにぶつぶつ言いながらも、今回で15回目…。
いつも文章を書くとき、「ねえ、いまどんなこと考えてるの?」とまず自分に聞いてみるのだけど、大抵「うーん、わかんない」とか「とくに何も考えてないよ」なんてふうにはぐらかされるのでとても困る。
それでも、諦めずに繰り返し聞いていくと、観念してかポツリポツリと語ってくれる。今回はこんな感じの文章ができました。
どこかの誰かに届きますように。

2020年7月19日日曜日





2020年7月4日土曜日

お守りのようなもの


本の好きな友人が、小さなブックレットを送ってくれた。『中くらいの友だち』というタイトルの小冊子で、表紙には「〈緊急特集〉韓国コロナ19」とある。
付箋のあったページをめくると、パク・ミンギュという小説家のエッセイが載っていた。何気なく読み始めたけれど、あっという間に引き込まれた。読んでいる間中、ひからびていた地面に水がしみ込んでいくみたいな気持ちになった。そして読み終えたとき、「そうだ、私はこういうことを感じていたんだ」と思った。

コロナウィルスのことが騒がれ始めてから心の奥で思っていたけれど、なんとなく口にできずにいたことがあった。
それは「地球にとっては私たち人間がウイルスなのかもしれない」ということだった。私たちのあらゆる種類の欲望のために、見えないところできれいな水が汚染され、遠くで森林が蝕まれ、ずいぶん多くの動物が静かに殺害されてきたと思う。今、見ずにきたものが目に見える形で、「ほら、あなたたちがやってきたのはこういうことだよ」と、逆に鏡を向けられているような気がしていた。
パク・ミンギュさんが書いてくれたこの短いエッセイを読んでいて、そんなふうに感じるのは私だけじゃないんだ、と嬉しくなった。
一部を抜粋してノートに映した。「我々はもう少し大人にならなくてはならない」という言葉にもドキッとした。これから私のお守りにしたい。いい文章って、お守りなんだなと思った。



『中くらいの友だち』の裏表紙にはこんな言葉が書いてあった。
表紙絵のことば
トクサルとは、朝鮮時代に多く作られた、節季に作るお餅やお菓子に文様をつけるための陶器の押し型です。今号は花文の中の桔梗文。桔梗の根は薬草としても重宝され、「止咳、去痰、のどの痛み、解熱」などに効果があるようです。
現在コロナで大変な世の中ですが、この桔梗文の『中くらいの友だち』がお守りになれば良いのですが。

2020年6月3日水曜日

「ここよりはじまる」


映画のコラム「やっほー!シネマ」が更新されました。
今回は緊急事態宣言が出てからちょうど一ヶ月間のことをつづりました。
この時期に感じたこと、考えたことを忘れないようにしたい。ここから始まる未来のためのメモ。
 ↓  ↓  ↓ 





ここ最近、アニメーション映画『銀河鉄道の夜』を繰り返し何度も観ていた。
私が生まれて間もないころに出来た作品だというのに、ドキドキするくらい新しかった。
今、世界中の人に観てほしい。(英語字幕がついていればなあ!)


「ここよりはじまる(NUN KOMENCIGAS)」

2020年4月19日日曜日

ふてふてな日々 4


「毎日小学生新聞」が好きで毎朝読んでいる。
大人が普段やりとりしている難解な言葉も小学生にも分かるように教えてくれるし(最近だと「パンデミック」とか「世界大恐慌」とか)、全国の小学生に向けて語る女性編集長のポジティブな言葉にもいつも励まされる。
今朝は、私が以前コラムで触れた『やかまし村』のことが一面で紹介されていてなんだか嬉しかった。そうそう。大人に言われたからやるんじゃなくて、自分の頭で一つひとつ考えて行動する子どもが沢山増えないとね。


この新聞、個人的にいろいろ好きなコーナーがある。
深海魚アイドル図鑑には「なにそれ!?」と度肝を抜かれるし、子どもたちの俳句を紹介してそれを添削するという「キラリ一句」のコーナーも面白い。なにより“寒太先生”が添削するといつも根本的に内容が変わっちゃうのが可笑しい。

緊急事態の日々のなか、毎朝届けてくれてありがとうございます。
これからも楽しみにしています。


一昨日のこと。
今日もカレンダーは真っ白で何をするべきかわからなかった。
音楽が聞きたくなって、やさしい音楽がいいと思って、CDを買った。
CDを取り出すと、そこにはこんな言葉が。

「そこにある隙間は考える余白」

音楽はいいなあ。
斉藤友秋 Tomoaki Saito

2020年4月8日水曜日

ふてふてな日々 3

朝、川原をランニング。人気のない公園の桜の木の下で太極拳をする。
歩いたり、走ったり、踊ったり、身体を動かしているとふと良いアイデアが浮ぶのだけど、ほとんど書き留められないからしばらく経つと消えていく。あれはどこに行っちゃうんだろうなと思う。 


あちこちで散った花が幹のところにたくさん寄り添っていた。花が土の上に落ちているとホッとする。固いアスファルトの上じゃ行き場がないもんね。
触れると柔らかかった。(人とは濃厚接触できないけど花なら大丈夫。)




どこ行くの? 
土の中。
土の中に行ったら? 
しばらくゆっくりして、また花に。

2020年4月5日日曜日

ふてふてな日々 2


息苦しい日々だけど、久しぶりに声を出して笑った作品。最後は、なんか涙がでた。ありがとう。



2020年4月1日水曜日

「ふてふて」な日々


外がとても静かでしんとしている。
こんなに静かな東京ってこれまであっただろうか。時々、鳥の鳴き声がする。 
向いの窓から外を見ている小さな男の子と目が合った。学校は休み。もう何日も外に遊びにいけないのだろう。 
コロナウイルスの蔓延を防ぐため、外出“禁止”ではなく、自粛“要請”が政府から出た。引き込もれる人はいいけれど、働かなければ食べていけない人は外に出て行かなければいけない。政府は困っている国民に和牛券を配るという(ベジタリアンの人はどうするのだろう?) 
やれやれ。ため息が止まらないけれど、私がいまやるべきことはため息をつくことじゃない。
光と闇はいつも一つ。だとしたら、少しでもポジティブな面に目を向けて今日一日を過ごそう。


先日、実家に帰ったとき、テーブルにこんなメモが置いてあった。 
父が「やれやれ」と言うのが口ぐせで、ことあるごとに「やれやれやれやれ」と言うので、母が「『やれやれ』以外に言うことないの?」と言ったら、父は何やらせっせと書き出したらしい。 


私もこれからは、「ふてふて」とか「のたのた」とか呟くようにしよう。 


最近、読んだ本。
こんなときは詩が心の支えになる。
『ぼくがゆびをぱちんとならして、きみがおとなになるまえの詩集』 
『金子みすゞ童謡集 Something Nice』 

最近、書いた文章。
いま自分の立っている所から見えること、感じることを書こうと思って書きました。どこかの誰かに届きますように。


2020年2月29日土曜日

無事、春が来ますように

平凡な日常こそ、面白いし、未知数だし、スリリング。 
そんな風に思う今日この頃です。 

映画「架空OL日記」が本日から公開されました。
今夜、劇場に友達と観に行ってくれた妹からこんなメールをもらいました。 
「架空ol日記めちゃくちゃ笑ったよ。会場みんな爆笑してた。」
日本の映画館でお客さんがみんな爆笑するなんて……。そんな状況をうまく想像できないけど、もしそれが本当なら物凄く嬉しい!! 
いろいろ心配なことが多い中、劇場に観に行ってくださった方、ありがとうございました。
この映画はやはり友達とかと何人かで観に行くときっと楽しいと思います。いろんな事が落ち着きましたら、ぜひ映画館へ足を運んでくださいませ。 

○インタビュー 
「特別なことは何も起こらない、けど面白い!そんな映画の魅力って!? 」 

○予告編


2019年12月31日火曜日

二〇一九年最後の日


今年もいろいろあった。けど、もうよく思い出せない。
少しでも書いておくと忘れないのかなあ…。
まあいいや。きっと体験したことや心を動かしたことは、自分の体のどこかに残っていくものだと信じておこう。

最後に、最近よく聴いている曲をどうぞ。
それでは、よい年末を!


2019年12月11日水曜日

生みの母、育ての母


去年の冬、海に囲まれた島、長島で生まれた映画『夕陽のあと』がようやく完成した。この作品の中で私は育ての母親を演じた。血の繋がりはなくても、誰かを、何かを深く愛することが出来ることを知った。

そして今年の夏、「少年寅次郎」では寅次郎の生みの母親を演じた。理由があって自分では育てることが叶わなかった母親の身を切られるような辛さ、そして離れていても我が子を想い続ける深い愛を知った。



11月9日(土)は、映画『夕陽のあと』の舞台挨拶で新宿シネマカリテへ向かいます。
そして同じ日の夜には、NHKドラマ「少年寅次郎」で寅次郎の生みの母親「お菊」として登場します。

どちらの母もぜひ。

↑挨拶文

★追記★
12月17日に『夕陽のあと』の舞台挨拶・トークショーがあります。映画のことなど思い出しつつ、ゆっくり話せたらと思っています。撮影から一年経ったからこそ話せることもあるかなあと。お待ちしています!

詳細です↓
📌アップリンク吉祥寺 12/17(火) 12:10からの回上映後。
登壇者:山田真歩、越川道夫監督


2019年12月4日水曜日

関西弁バージョン


「なんかよーわからへんけど、気になる」とか、
「言葉にならへんけど、なんか好き!」とか、そう思うことがよくあんねん。

言葉にならへんものは伝わりにくいねんな。
わかりにくいものは広がりにくいねんな。めっちゃ時間かかるやろ。
わかりやすいものは、すーぐ流通すんねんな。
記号とか情報とか数字とかは、誰の目から見ても明かやもんね。
誤解とか誤読のしようもないし。迷子になることもない。
せやけど、そんなんばっかの世の中はおもろないねん。

白黒はっきりせぇへん曖昧なものたち。
「つかんだ!」思ったらもうちごてるものたち。
束ねようとする言葉の間を煙みたいにすり抜けるものたち。
そういうものたち、いっつも「がんばれー」思うねん。
ま、時々「どっちやねん!」ってつっこみたくなるけどな。

ちゅうわけで、ピントスコープ第11回目更新やで!
     ↓ ↓ ↓



ときどき無性に関西弁を喋りたくなるときがある。デタラメの関西弁を喋っているうちに不思議と肩の力が抜けていき、「ま、そんな肩肘はらんでもええんちゃうん? 眉間にぎょーさんシワ寄っとるで〜」みたいな気分になってくる。テレビのニュースとかも、関西弁で事件を伝えるニュースキャスターがいたら印象はだいぶ変わる気がする。
なんだろうこの魔力…。試してみてください。おすすめです。




2019年10月2日水曜日

OUR DAILY BREAD

「やっほー!シネマ」の第10回目が更新されました。
今回のテーマは「食」。食べることを通じて、今の私の日々の中から見えたこと、感じたことを書きました。


先日、『大人ごはん Vol.3』という雑誌の中で「食べること」について対談をした。メンバーは古書コクテイルの店主・狩野さん、『大人ごはん』編集長の室谷さん、そして私。それぞれがその場で料理をつくって、それを囲んで食べながら語り合うというとても面白い会だった。
私は映画『夕陽のあと』の撮影も近かったので、漁師料理を参考に、鰤のなめろう、蛸とジャガイモの煮つけをつくった。狩野さんは酒粕入りの味噌ラーメン、室谷さんは小林カツ代のトマトスープ(どれもとても美味しかった!)。
石垣島の焼酎を飲みながら、話しは料理のこと、芝居のこと、結婚のこと、あちこちに飛んでいき……。たくさん笑った。
(ごはんと文化と生きることが好きなすべてのオトナに送る雑誌)



2019年9月24日火曜日

ハン・ガンさんの本


ある時期から小説が読めなくなった。
その頃いろんなことで心が傷き、人間の心を扱う小説を読むのがしんどくなってしまったのだ。最後に読んだ小説は、確か『死の棘』だったと思う。
私は小説の代わりに、詩や軽いエッセイを読み始めた。もう小説には夢中になれないんだと思うと残念だった。
でも最近、一冊の本に出会った。ハン・ガンさんの『菜食主義者』という小説だった。小説を夢中で最後まで読めたのは何年ぶりだろうか。そんな作品に出会えたことが、純粋に嬉しかった。

ハン・ガンさんの文章を読むと、心の一番奥の柔らかい部分が震える。そこはいつもは蓋をして隠しているところ。分厚く鎧をかぶって、少し鈍感になっていないと、いろんなことにいちいち傷ついてしまうから。
だけど、彼女の書く文章や声に触れるとその場所が柔らかく開き始める。「傷つきやすいこと」がとても大切なことのように思えてくる。むしろ失ってはいけない宝物なのだと思えてくる。
「どうか、心に鎧をして生きないで」
「なるべく裸の心のまま、震えて立っていて」
そんなふうに私に語りかけてくるように思うのは、きっと彼女がそのように世界と向き合っているからだろうと思う。
どれだけの傷に彼女は耐えて来たのだろう。

時々、「ああ、今ウソをついてしまった」と思うことがある。
心にも思っていないことを言ってその場を切り抜けてしまったと。そのようにして出てきた空っぽの言葉は、誰の心にも届かないし、何より言った自分が苦しいのに。
心の一番やわらかいところから出てくる飾りのない言葉。
そういうものが、いつの間にか消えないようにしたい。





2019年8月3日土曜日

八月になった

最近、平和について考えていた。
平和。……なんだかテーマが大きいし、漠然として難しい。
じゃあ逆に、私にとって“平和じゃない状態”ってどんなだろう?
そう考えてみると、とてもシンプルだった。ユーモアの欠如した状態。笑いが消えた世界。
心の底から笑うときが一番幸せだと感じる。

モンティー・パイソンのコントに「Philosophy Football(哲学者サッカー)」という作品がある。ドイツ対ギリシャのサッカーの試合なのだけど、選手は一度くらい名前は聞いたことのある有名な哲学者たち。ホイッスルの笛がなっても、誰一人ボールを蹴ろうとしない。レフリーの孔子からイエローカードをもらうニーチェ。ベンチで体を温めているマルクス……。
私は昔、この作品を見たとき腹の底から笑ったし、なんて知性のある大人たちなんだろうと思って憧れた。



今回の映画コラム「やっほー!シネマ」のテーマは、ずばり“平和”について。
「この2019年に30代を過ごす身だからこそ綴れる、“平和”のかたちがあるのではないか」と、編集担当のMさんから提案されて。
私はどんなことを考えているんだろう、と心の中を覗きながら書いてみたら、こんな文章と四コマ漫画が出来上がった。
 ↓  ↓  ↓
PINT SCOPE 「山田真歩のやっほー!シネマ」第9回



2019年6月5日水曜日

ポエトリー/アグネスの詩

ピントスコープの連載の第8回目が公開されました。
       ↓

今回はイ・チャンドン監督の『ポエトリー/アグネスの詩』という作品について書いてみました。コラムのバランスを考えて、「次はコメディにしようかな」とか「アニメについて書いてみようかな」とかいろいろ思うのだけど、やはり自分の心の琴線に触れるものを書こうと思うと、今回観たような作品になる。

悩ましいことに、「いいな」と思う作品ほど言葉にならない。だからこれまでは「いいな」と思っても自分一人の心の中に秘めて大切にしてきた。言葉にした途端になにかが限定されて失われるような気もして……。でも、そうすると広がっていかないということにも気づいてきた。こういう作品がもっと増えてほしいと思うし、誰かとわかり合いたい・共有したいと思ったので、うんうん言いながらなんとか言葉にしてみました。
どこかの誰かに伝わったら嬉しいです。




2019年5月27日月曜日

ワオ!

なにこれ、凄いな。久しぶりに興奮して眠れない…。何度も観ちゃうな。
音楽も、歌詞も、映像も、全部凄い。



2019年4月15日月曜日

春になりました


ピントスコープに文章がUPされました。
今回は映画『男はつらいよ』について。ひょんなことから四十九作すべて観ることになり、寝ても覚めても「寅さん」のテーマソングが頭の中で流れる日々を送っていました。
第六回「季節外れの腹巻き
第七回「トラ(寅)ベラ・ノー・リターン 旅人帰らず」

+

昨日は、去年の夏にやったお芝居「午後の光」のメンバーで久しぶりに集まった。それぞれの知識を持ち寄り、いろんなワークショップをした。
フルーツと即興してみたり(たとえば「バナナ」とか「レモン」とか名前がついているけれど、その名前をなくしてみて、まるで自分が初めて「それ」を目にするかのように果物を感じる)、他人の喋り方や仕草を模写したり(太田省吾さんのインタビュー動画を見ながら、仕草や表情、喋り方を真似する)、詩の朗読をしたり。たくさん笑った。



この間、「午後の光」で音楽を担当してくれたてんこまつりさんに「音」の話を聞きにいきました。彼女の曲の、静かに寄り添っている何か小さな影のようなものの感じが好きです。曲の印象と変わらぬ容姿でかわいらしく、いつでも音への敬意が溢れています。
ピアノの音を鳴らしながらいろいろな話をしたのだけど、一人で聞くにはもったいないような気がしたので、話の一部を公開します。興味のある方は聴いてみてください(目次の数字は話している内容の時間の目安です)。

音の目次

1 いろんな音を鳴らしてみる 
5 音の日記 
6 音を鳴すと世界が始まる
9 森、海、そして夜の音
14 都会、いとなみの音
18 感情を音で表してみる
31 深海を泳ぐクジラのような
33 てんこリズム
43 鏡としてのピアノ
45 鳴っちゃったものに共鳴していく
49 音をよく見る
54 『絶対音感』の前書きを読む
58 いちばん遠くから聞こえる音を聴く




2018年12月12日水曜日

冬になった


『夕陽のあと』という映画の撮影で九州の離島へ行ってきた。
撮影の合間を見つけて毎日よく歩いた。


漁師町なので猫が多い。至るところで出会う。そして人懐っこい。昔から、漁師たちは採った魚をさばいてまだトクトク動いている心臓を猫にあげたという。


海の色が場所によって違う。きっと季節によっても違うんだろうな。
「とわ号」。
 

素晴らしい出会いがたくさんあって、思い返しては胸が温かくなる。
また会いに行く日まで。



ピントスコープでの連載「やっほー!シネマ」が更新されました。第5回目のテーマは「女友達」です。久々に会った幼馴染の友人と地元を散歩したときに、彼女とここ最近一番印象深かった映画について話したときのことなどをつらつらと。
今回書いていて、「自由」であることと「孤独」であることは表裏一体なんだなあ……としみじみ思った。今の自分のいる場所から見えること、感じたことを書いてみました。