おととい、高校時代からの友人のさやと牧野富太郎記念館へ行ってきた。
道中いろんな話をした。彼女は大学でアール・ブリュットを学び、長野の美術館で働いたあと、茅野に自分のギャラリーをつくった。その名もアノニムギャラリー。「アノニム」には「無名の」とか「匿名の」という意味があるらしい。たしかに有名な作家の作品は置いていない。私だって展示したことがあるくらいだから、その無名っぷりは徹底している。
電車の中で彼女が熱く語った。
「そもそもアール・ブリュットの定義はね、秘密、孤独、沈黙なわけ。だから『アール・ブリュット展』とか『アウトサイダーアート展』とかって、作品を発表したり評価をうけてしまうと、もうすでにそれはアール・ブリュットではなくなっちゃうわけ」
「ふむふむ。でもさやは、そういうものをギャラリーで展示しているんでしょ?」
「そうだよ。こっそりね」
「矛盾しているんだね」
「そうなの」
大泉学園駅近くのうどん屋でお昼ご飯を食べ、いざ記念館へ。
平日だったせいか、人も少なく静かだった。庭にはいろんな草木が植えられていて、一つ一つに名前が書いてあった。「道端でよく見るけど、あなたそういう名前だったの」という感じ。牧野さんが日夜研究した書斎もそのまま残っていた。ボランティアのおじさんが「彼は草花を探しに野原へ行くとき、いつもとびっきりのお洒落をして行ったんです。まるで恋人にでも会いにいくみたいに」と教えてくれた。
千以上の名もなき草花を発見しては名前をつけていったという。「金木犀」もそうなんだね。もし私が野の花だったら、牧野さんのようなネーミングセンスのある人につけてもらいたいと思った。
展示の一部に、牧野さんが書いた勉強心得が飾ってあった。20代の頃に書いたその15か条の抱負は死ぬまで実践されたという。私は、気がついたら立ったまま全部書き写していた。手がしびれた。
その間、友人は中庭のベンチに座って草花を眺めていた。雨が上がって、庭は木漏れ日でキラキラしていた。私が隣りに腰かけると、「いま、わかったよ」と言ってメモしたことばを見せてくれた。
「アールブリュットはまだ誰も足を踏み入れたことのない森のなかで木漏れ日を受けてひっそりと咲く美しい花だ」