2019年4月15日月曜日

春になりました


ピントスコープに文章がUPされました。
今回は映画『男はつらいよ』について。ひょんなことから四十九作すべて観ることになり、寝ても覚めても「寅さん」のテーマソングが頭の中で流れる日々を送っていました。
第六回「季節外れの腹巻き
第七回「トラ(寅)ベラ・ノー・リターン 旅人帰らず」

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昨日は、去年の夏にやったお芝居「午後の光」のメンバーで久しぶりに集まった。それぞれの知識を持ち寄り、いろんなワークショップをした。
フルーツと即興してみたり(たとえば「バナナ」とか「レモン」とか名前がついているけれど、その名前をなくしてみて、まるで自分が初めて「それ」を目にするかのように果物を感じる)、他人の喋り方や仕草を模写したり(太田省吾さんのインタビュー動画を見ながら、仕草や表情、喋り方を真似する)、詩の朗読をしたり。たくさん笑った。



この間、「午後の光」で音楽を担当してくれたてんこまつりさんに「音」の話を聞きにいきました。彼女の曲の、静かに寄り添っている何か小さな影のようなものの感じが好きです。曲の印象と変わらぬ容姿でかわいらしく、いつでも音への敬意が溢れています。
ピアノの音を鳴らしながらいろいろな話をしたのだけど、一人で聞くにはもったいないような気がしたので、話の一部を公開します。興味のある方は聴いてみてください(目次の数字は話している内容の時間の目安です)。

音の目次

1 いろんな音を鳴らしてみる 
5 音の日記 
6 音を鳴すと世界が始まる
9 森、海、そして夜の音
14 都会、いとなみの音
18 感情を音で表してみる
31 深海を泳ぐクジラのような
33 てんこリズム
43 鏡としてのピアノ
45 鳴っちゃったものに共鳴していく
49 音をよく見る
54 『絶対音感』の前書きを読む
58 いちばん遠くから聞こえる音を聴く




2018年12月12日水曜日

冬になった


『夕陽のあと』という映画の撮影で九州の離島へ行ってきた。
撮影の合間を見つけて毎日よく歩いた。


漁師町なので猫が多い。至るところで出会う。そして人懐っこい。昔から、漁師たちは採った魚をさばいてまだトクトク動いている心臓を猫にあげたという。


海の色が場所によって違う。きっと季節によっても違うんだろうな。
「とわ号」。
 

素晴らしい出会いがたくさんあって、思い返しては胸が温かくなる。
また会いに行く日まで。



ピントスコープでの連載「やっほー!シネマ」が更新されました。第5回目のテーマは「女友達」です。久々に会った幼馴染の友人と地元を散歩したときに、彼女とここ最近一番印象深かった映画について話したときのことなどをつらつらと。
今回書いていて、「自由」であることと「孤独」であることは表裏一体なんだなあ……としみじみ思った。今の自分のいる場所から見えること、感じたことを書いてみました。

2018年10月7日日曜日

秋になった


映画のコラムサイト「PINT SCOPE」での連載が、今回で4回目になった。締め切りのある人生は早く過ぎると言ったのは誰だったかな、確かに気づけばもう10月。
毎回、担当をしてくれるMさんとテーマを一緒に考えながら書かせてもらっている。いつも自分がぼんやり感じていることや日々のあれこれを文字にして誰かに伝えるのは難しくもあり、楽しい作業です。

1回目のテーマは「はたらく」だった。
もともと「働く」には「傍を楽にする」という意味があるということをMさんから教えてもらう。うーん、深い。

2回目のテーマは「出会い」
私の出会った唯一無二の“場所”についての思い出に加えて、ドキュメンタリー映画「築地ワンダーランド」のことを書いた。ここに出て来る人達の背中をずっと見ていたいと思ったので、最近のニュースは胸をえぐられた。この類のない歴史ある場所を無形文化財にしてほしかった。


3回目のテーマは「恋」だった。
恋は盲目…ということで、汗をかきかき人生初のラブレターを書きました。

そして4回目の今回は、秋なので「読書」。 子どものころのことを思い出しながら。



最近、時間を忘れて読んだのはこんな本たちだった。面白い本と出会うと、世界の見方がどんどん変わっていく。

●『舞台の水』太田省吾著
去年出会ったこの本を、今後繰り返し読むことになると思う。

●『〈在る〉ことの不思議』古東哲明著
朝起きて手足をぶらぶらしながら、「なんで私の意識はこの身体の中から世界を見ているんだろう」と不思議に思ったり、都会の交差点でふと月を見上げ、100年後のことを思ったりするとき、そういう言葉にならない想いや感覚が、言葉になっていることに静かに興奮した。

●それと、これは読書ではないけれど、最近「ラジオ版学問ノススメ」という番組を、部屋の片付けをしたり長距離バスに乗っているときに聞くのが好き。みんなそれぞれ声がいい。どうしたらこんな魅力的な声になるのかなーと思いながら耳を傾けている。
長田弘さんのお話(イエス/ノー、0/100かじゃなくて、1から99の間のアイマイな領域っていうなかにある力が大切なんじゃないか)、池澤夏樹さんのお話(古事記の現代語訳の朗読は面白くて笑った)、養老孟司さんのお話(世界は自分の外にある。自分は他人との関わりの中で存在している)、面白かったなあ。


2018年7月27日金曜日

今夏のお知らせ


いつも “音” が連れていってくれる。
まずはじめに「あ、いいな」と思う音があって、
そのうしろをついていきたくなって、
盲目のまま手をひかれていくと、
「ああ、こんな風景を見てみたかったんだ」と思える場所に立っている。

映画「菊とギロチン」で役を演じるときに毎日聴いた “音” があった。
わたしはこの桜川百合子さんの声に誘われて踊りながら台本を読んだ。
調べると、もう亡くなっているというのでとても残念だったけれど、声の中にある魂は聴く人がいるかぎり受け継がれていくんだなあと思った。



映画「菊とギロチン」、テアトル新宿で始まっています。
お誘い合わせのうえ、ぜひ映画館に足を運んでみて下さい。いろんな魂がこもった作品です。🍉

2018年6月30日土曜日

最近のことなど


吉祥寺美術館で、江上茂雄さんという画家の絵を見た。
「風景日記」という展示のタイトルの通り、正月と台風を除く毎日、自宅から歩いて外に出かけ、一日一枚の絵を仕上げたという。何枚も「同じ風景」が出て来るけれど、一つとして同じ印象のものがない。
江上さんのメモより。
「一喜一憂せず、一生懸命やろうと決めてから、だいたい風景を描きました。風景だけが優しかった。自然は誰にでも同じ姿を見せてくれる」
「絵の修行の上で、非常に良かったことというのは、一定の時間、ひとつのことに集中するという、もう絶対そこから外れない、それの練習になったと思います」
こんな人がいたんだ。




「午後の光」の稽古が始まっている。
太田省吾さんの台詞は一見シンプルなのだけど、その奥に何重もの地層が重なっていて、やるたびに化石の欠片が発見されていく。「同じ言葉」なのに何でだろうと不思議。
この作品を毎年お盆の時期にできたらいいな、とちょっと思っている。だんだん年をとっていけば、見える風景も変わってくるだろうし、おのずと作品も変わった印象として立ち上がるだろう。今年の夏は、とにかくいまの自分たちが出来ることを精一杯やりたい。





もうPHSは製造もやめるし利用もできなくなりますという葉書が届いた。えー。このシンプルな電話だけができる電話、せっかく愛着が湧いていたのになあ。というわけで再びスマートフォンになった。やはり便利ですごいねと思う。と同時に「そんなにいろいろ気を使ってもらわなくていいんだけど」と肩をポンと叩きたくなる時もある。うまく付き合っていきたい。



2018年6月13日水曜日

私にとっての「楽しくもあり」


朝、公園を散歩しながら、引き続き「楽しくもあり、楽しくもなし」という言葉について考えていた。
私が「楽しくもなし」と思うときは、こんなふうに自分は世界を見たくないという価値観を無理やり押しつけられるとき。それはとても狭い見方で、一面的で、人や物事を枠にはめないと気がすまない。本当にそうか? もっと世界は豊かなはずだし、もっと多面的で面白いはずではないか? と思う。

じゃあ自分にとっての「楽しくもあり」はどんなことなんだろうと思う。自分の物の見方を変えてくれるものが好きだ。
昔からためている「こういうことがしたいフォルダ」をのぞいてみたら、そのほとんどがダンスだったのは興味深い。


たとえば①
会議は踊る? こんな国会中継があったら喜んで見たい。


たとえば②
こんなふうに「言葉」をしゃべることも出来るのだね。誰かと喧嘩したいとき、これからこんなふうにしてみよう。相手を傷つけることもない。


やっぱり踊ると気持ちがいい。見るのも好きだし。小さい頃からそうだった。
こういうことがやってみたい。

たとえば③
手話のような踊り。踊りのような手話。素敵で繰り返し観てしまう。



こういうもので世界が溢れますように。

2018年6月5日火曜日

午後の光レッスン


「通り過ぎるのを待つの。通り過ごしてしまえば、なあんだってことになるわ」
きのう、銭湯に入りながらそうつぶやいた。
これは『午後の光』で妻が長年連れ添った夫に言う台詞だ。はじめは謎の台詞が多い戯曲だと思っていたけれど、日常のふとした瞬間に、その中の台詞たちが100パーセントの実感をともなって私の中にひゅうんと落っこちてくる。そうかそうか、こういう気持ちのときこんな台詞が出てくるんだ。
太田省吾さんが『舞台の水』の前書きでこんなようなことを言っていた。
真実の「真」は取捨選択の世界。よりよきもの、高尚なものに向かって削ぎ落としていく。一方、真実の「実」はオールOKの世界。くだらんものも、退屈なものも、なんでもかんでもある。ただそこに居るのだと。
そうかそうか、そうなのか。じゃあ「真」も「実」も、おいでおいでと同じ力で私をひっぱるとしたらどうしたらいいんだろうか。そこまで考えていたら、冒頭の台詞がこぼれ出して来た。

「楽しくもあり楽しくもなし」というこのブログのタイトルは、大学時代につけた。最初はなんだかどっちつかずで適当なタイトルだな思ったけれど、名は体を表すとはいったもので、だんだんこれが自分の人生のテーマなんじゃないかと思えてくるから不思議。「楽しくもあり」の方は放っておいても楽しめる。問題は「楽しくもなし」の方だ。どうしたら感謝と喜びを持って、「楽しくもなし」を受け止められるのだろうと。

今年のはじめ頃、私が太田省吾さんの世界に出会ってひかれたのは、その辺の答えが彼の戯曲には眠っているような気がしたからだ。予感を実現できるだろうか。まだわからない。でもコツコツと掘っていけば、いままで見れなかった風景が目の前に姿を現すと信じている。

そんなわけで、世界の見方のひとつの「レッスン」として稽古場日誌を書き始めた。夏の公演に向けて、少しずつ綴っていこうと思う。
  ↓




近所の更地になった家。
しばらく見ないでいたら、大きな花壇みたいになっていた。


2018年4月6日金曜日

DON'T SEARCH! FEEL!


「PINTSCOPE(ピントスコープ)」という新しいWebサイトに、映画コラムの隔月連載を頼まれた。私は文章のプロでもないし、映画に特別深い造詣があるわけでもない。感想を聞かれても、大抵は「あの、えーと……、面白かったです」とモゴモゴ口ごもるばかりなのに大丈夫かな。
でも、話を聞いてみると、そういうことは求められていなかった。
今は何でも「検索」できるし、あらかじめ「星(☆)」の数を確かめてから行動を起こすということも多い。これは映画だけじゃなくて、初めて行くお店や、デートスポットなんかもそうかもしれない。でも誰かの評価よりも、自分はどう感じるのかを大切にしてほしい。だから山田さんには、日常のなかで偶然出会ったものや感じたことを映画にからめて自由に書いてほしいのです。
ということだった。そうですか。それなら初めてのことだけど挑戦してみようかしら、と気を立て直していると、「あと、四コマ漫画はマストでお願いします」と言われた。……私の落書きが連載されるのかと思うと頭が痛くなるので、そこはもう考えないことにした。

というわけで、自分の窓から見えるもの、感じたことを綴っていきたいと思います。とりあえず合い言葉は「DON'T SEARCH! FEEL!」ということにした。「山田真歩のやっほー!シネマ」。はじまりはじまりです。

「Don't think! Feel!」

2018年3月24日土曜日

「午後の光」を書き写した日


今朝、布団のなかで太田省吾さんの戯曲「午後の光」を書き写した。「おもしろいわ。……ね、発見ね」と妻の台詞をつぶやいてみる。発見の物語でもあるんだな、太田さんの戯曲は。世界の見方の提示といってもいいか。劇的なものをどこかに探しにいく冒険家のような夫と、日常のささやかなもの、なんでもないものを貝殻を集めるみたいに拾っていこうとする妻。戯曲の中で二人は、イーゼルの上に置いた窓枠から世界をクローズアップして見ることを通して、世界が変わっていく。
「見方を変えるだけで、こんなふうにあなたの周りの世界を見ることも出来るんですよ」と言われているようにも思える。同じ「飲む」という行為でも、「七つの海を飲み干す」と信じて飲むと、それは劇的になるし、祈りにさえなる。同じ「歩く」のでも、ここからここまで歩くのに200年と考えると、その歩く身体はイメージに溢れ、観る人をとらえて離さなくなる。こんなふうに見てみたら、いままで退屈でかわり映えのしないと思っていたことは、奇跡のように思えてくる。

私はこの人の劇をやってみたい。
高い山すぎて足はすくむけれど、一歩ずつ登りはじめたいと思う。まず、最初の一歩は楽天的に出すことにしよう。イメージ集めをするところから。一緒にやってくれる仲間に声をかけるところから。

戯曲を写し終えて思ったことメモ(↓)
私たちがやろうとすることは、「なんでもないこと」。誰もが気にもとめないし、ましてや誰もとても劇にしようなんて思わないようなささやかなこと。そんなすくってもすくったんだか分からないような、木漏れ日のようなあれこれ。そこには生々しい実感がなければ成立しない。俳優の態度としては、おもしろく見せようとか、退屈させないように、という意識よりも、目の前の「いま、ここ、これ」をどこまで自分にとって鮮やかで切実なものにできるか。まずは全体を通して考えるよりも、一つひとつのシーン、もっと言えば一瞬一瞬のエピソードを実感をもって行うことから始めよう。その集合体が「午後の光」となればいい。



2018年2月26日月曜日

鳥たちのこと


1. 

去年の暮れ、ある方から新聞の切り抜きをいただいた。
難しいけれどいい文章だなと思ってノートにはりつけ、しばらく眺めて暮らした。



2.

この間、病気で臥せって、死んでいく女の人の役を演じた。
そのときに、ふと思い出してまた読んだら、するする溶けるように身体の中でわかった気がした。
鳥は空を信じているから飛べるんだなあ。



3.

撮影が終わって3日くらいぼんやり過ごしていたら、突然目が真っ赤になってみるみる腫れ上がった。寝れば治るかと思って、朝起きると目が開かない。目やにがびっしりと両目にくっついていて「いま開けんといて」と言わんばかりに工事中になっていた。手探りで洗面台までいき、ぬるま湯で硬い岩みたいになった両目をゆっくり溶かしたらだんだん世界が見えて来た。小岩さんのような目を隠すために、初めてサングラスを買った。

人に会いに行く予定もキャンセルして、川原の土手に座っていた。ゆっくり飛び立つ白鷺を眺めながら、「まるで恐竜だなあ」と思った。
一羽の鳩が飛んできて私の近くに止まった。一歩ずつ、一歩ずつ、にじりよってくる。ずいぶん距離を縮めてくるので見ると、その鳩、足の指が1本しかなかった。「わたしたちケガしている同士、おんなじね」と言わんばかり、シンパシーが合ったのかもしれない。しばらく私たちは広い土手で日向ぼっこをした。




2018年1月12日金曜日

明けましておめでとうございます


1. 再結成

昨日は映画「ピンカートンに会いに行く」の完成試写の舞台挨拶で、アイドルの格好をしてみんなで踊った。35歳になった元・アイドルたちが、「今さらイタい」とか「年齢ヤバい」とか「子育てタイヘン」とか、あーだこーだ言いながらも再結成に向かおうとする話。でもさ、言い訳しているうちに終わっちゃうよ! と私個人は思います。はい、何事もやってみなくちゃわからない。



2. もしもし

去年からスマートフォンをやめて、中古で買ったPHSを持ち歩いている。見た目がかわいいから買ったのだけど、驚いた。電話しかできないの。吉幾三じゃないけど、「カメラもねえ、メールもねえ、インターネットはみたことねえ」の世界です。最初はびっくりしたけど、もうなれてしまった。誰かに用があれば「もしもし」と電話をかけるし、誰かが私に用があれば「もしもし」と電話をかけてくる。なんというか、とてもシンプルだ。Googleマップなんてものもないから、毎朝今日行くところの地図を書いたメモをポケットに入れて出かける。迷うことも増えたけど、人に道を聞くことも増えた。
前からそうだったのか、最近とくにそうなのかわからないけれど、「ふと」何かと出会うことが増えた気がする。「いま何してる?」っていつも繋がっていない分、会えた時嬉しい。前もって検索しない分、偶然良いものに出会えるとすごく得した気分になる。


3. ほくほく

この間、友人が送ってきてくれた詩集を声に出して読んでみたら、とてもよかった。電話でお礼を言うと、「よかった。実はまだ読んでないんだけど、表紙の写真がいいなと思って送ったんだよね」とのこと。本にもジャケ買いというのがあるのか。友人も「ふと」いいなと思って、よく中身を調べもせずに送ってくれたのだろう。こういうことがあると、ほくほくした気持ちになる。



『ゼロになるからだ』覚 和歌子
注:ときどき誤字脱字あります。

2017年11月30日木曜日

トン、トン、トン


1. 三匹の蛸

ノックの音がするのでドアを開けると、そこには太田省吾さんとアルヴォ・ペルトさんとジョナス・メカスさんが立っていた。この戯曲家、音楽家、詩人は、みんなそれぞれ別の場所から同時にやって来た。そしてドアを開けるなり、わたしに蛸のように吸いついた。わー。
二週間前、太田省吾さんの『舞台の水』を握りしめながら新宿をあてもなく歩いていた。誰かと話がしたかった。
一週間前、ジョナス・メカスさんの『森の中で』を声に出して読んだ。一語一語の言葉のあとを何も考えずについて行くと、知らない場所にいた。



2. よく見る

きのうの夜、一人で「水の駅」を見ていた。
老婆が人差し指に水をつけ、ゆっくりと口に近づけ、舌を出して吸いついたときに、わたしはポンと膝を打った。
「いま、ここ、これ」という瞬間。面白くも、意味もないかもしれぬが、触れる価値のあるもの。それらを、引きのばそうとする努力。「ほら、この瞬間だよ。もっと味わって」とでもいうような。そんなふうに思えてきた。美しい蝶をピンでとめてガラスケースに入れる人がいるけれど、その行為に似ていると思った。
始まってすぐは寝ちゃうかもと思ったけれど、最後まで見飽きなかった。というか、なんて官能的なんだろうか……。水の音が官能的になったり、切なくなったり、苛立ったり、慈悲深くなったり聞こえてくるから不思議。水は変わらないけど、水を受け止める人はそれぞれ変わる。水の音がやむ瞬間、なぜだかすごくホッとした。


3. よく聞く

セルジュ・チェルビダッケさんの指揮。
あのね、もっと耳を澄ませてくださいよ。隣りの音に。あのさ、そんなに急いだら味わえないだろう。もっと、いまここで響いているものに佇ずんでください。ほら、違う世界の楽しみ方が見えてきたでしょう。
そんなふうな声が聞こえる。



ここ最近であったものをまとめておこうと。ひとまず。

2017年11月11日土曜日

なんでもない日々


1.「午後の光」

夕方、部屋のあかりをつけないまま、本を読んでいた。
太陽が西に沈むにつれて部屋の明るさも移動していくので、私もそれにあわせて窓の方へちょっとずつ移動しながら読書をつづけた。とうとう日が沈み、部屋は暗くなったので本をぱたんと閉じた。「日が沈むまで読書をする」ってシンプルでいいなと思った。


2.文字を写す

暇なときに文字を書き写すというくせ(趣味かな)がある。きっかけは、たぶん夏目漱石の『虞美人草』だった。何度読み進めても5ページ目くらいで内容がチンプンカンプンになってしまうので、一文字ずつ書き写してみようと思ったのだ。読み通すのに3ヶ月くらいかかったけれど、今度は面白く最後まで読めた。
最近は「良寛字典」を写している。良寛さんの書いた字がひらがなから漢字までいろいろ載っている。肩の力が抜けていて軽やかで、書いているとなんだかウキウキしてくる。こんな字のようになりたい。



3.落ち葉をひろう

このあいだ、新宿にお芝居を観に行って、そのあと新宿御苑を散歩した。
昔からこの季節が好きだ。ふかふかの落ち葉の上を歩いていると無条件にテンションが上がる。色とりどりの一面の落ち葉。とてもいい舞台。このような空間を舞台にできないものだろうか。
みんなきれいきれいと言って写真をとったり、自分の好きな色と形の落ち葉をひろって帰っていた。明日には茶色くなってしまうだろうけど。



2017年9月30日土曜日

35/36


きのうは誕生日で私は36歳になった。

今朝、近所の川原で太極拳と日本舞踊を踊った。「万歳」を踊っている途中で山の向こうから太陽が昇ってきて、すごくきれいだった。赤と青の入りまじる雲のあいだを何羽かの鳥が飛んでいって、この世じゃないみたいだった。
歳をとると自分はどんどんしわくちゃになっていくけど、自分の周りの世界の美しさとか面白さにどんどん気がつくようになるのかなあ、と思った。そうなったらいいな。


作家・向田邦子さんの役をいただいて、一昨日、無事撮影が終わった。
「トットちゃん」というドラマの中で、黒柳徹子さんが大人になってから出会う方たちの中のひとりとして出てくる。向田邦子さんが35歳のとき、東京オリンピック開幕式の日に意を決してひとり暮らしを始めたころのこと。
6年前に邦子さんの妹の和子さんを演じさせていただいたので、これで向田家の姉妹両方を演じたことになる。なんだか嬉しい。いつも役が私を叱咤激励してくれたり、「あなた、こっちよ」と手を引っぱってくれる気がしている。今回は邦子さんがいつも側にいて、困った時には耳元でこっそりアドバイスをくれたりした。「美しくなくてもいい。最後まであきらめず、勇猛果敢に生きてやろう」という言葉に何度も勇気づけられた。
ありがとうございました。これからもがんばります。


2017年8月25日金曜日

札幌での音楽劇の試みが終わった


行く前に思っていたことは、こんなこと。
「それぞれが楽器や音の出るものを持ち寄って、いろんな動物の鳴き声や木のざわめきを音で奏でてみる。いろんな動物になってみる。最後には、奇想天外な音たちを合わせて一つの “森” をつくってみたい。その森に一羽の鳥がやってきて、しゃべりだす。そんな音楽劇がつくれたらいいな」
さて、結果はいかに……。



初日(曇り)
演技するのは初めてという参加者を前に、「何から始めよう?」と頭が一瞬真っ白になる(講師をするのは私も初めて)。いつも頭の中でひとりで無意識にやっていることを、“言葉”にして伝えなくちゃいけない。
●「まず、体を動かしましょっか」と、一緒に太極拳をやった。
●部屋をぐるぐる歩く。いろんな人の歩き方をマネする。いろんな物質(油とか風とか粘土とか)になって歩いたらどうなるか。いろんな動物の歩き方はどうか。
●そのあと、楽器と会話するという即興劇をやった。楽器で告白する。楽器で喧嘩する。
●一日の最後に、みんなでテキストを読みながらいきなり粗通し。
「四つん這いになったのが楽しかった。こんなに笑ったのは本当に久しぶり」と、さやさん。嬉しい。

二日目(雨)
雨なので参加者が減るかと思ったら増えていた。
●この日は、それぞれの個人的なエピソードを語ってもらった(最近11年付き合った彼女と別れた話、バンドが解散の危機だという話など)。それを聞いていた他の人たちでその話のつづきを即興劇にした。これはみんな大いに盛り上がった。
●昨日読んだテキストに、今日のみんなのエピソードを織り交ぜて、また粗通し。
「一日目が楽しかったから今日も来た」と、台湾料理「ごとう」のごとうさん。良かった。

三日目(曇り)
●今日は発表会。札幌資料館という昔は裁判所だった場所が会場。
「自分のもっている一番派手なシャツを着て来てください」と昨日言ったら、みんな集まったら南国の鳥みたいになった。
●本番はもう無我夢中だったので、完成度についてはよくわからない…。ほとんどやりながらの即興だったし、かなりデコボコしていたと思う。ただ、参加してくれた人たちが終わったあと、みんなニコニコして遅くまで残っておしゃべりしていった。
「忘れたくない三日間になりました」と、吹奏楽を20年やっているというおさむさんが言ってくれて嬉しかった。

今回、声をかけてくれたテニスコーツのお二人(毎朝、楽しかったです)、現地でお世話になったスタッフの方、参加してくれた方に感謝。終わったあと、しばらく空っぽの部屋みたいになりました。



2017年8月7日月曜日

夏の自由研究「鳥になる」


お元気ですか。毎日あついですね。
わたしはこの夏、鳥のことで頭がいっぱいです。
BBCが制作した「THE LIFE OF BIRDS 鳥の世界」シリーズが面白くて、繰り返し観ています。(渋谷ツタヤで鳥のドキュメンタリーがなかなか借りれないなーと思っている方がいたら、すみません。借りしめているのはわたしです。)中でも驚いたのは、鳥も「飛ぶ練習」が必要なのだということ。鳥だからすぐ飛べるものだと思っていたけれど、そうじゃなかった。日夜 “羽の筋トレ”をして丈夫にしたり、野原を助走つけて走ってみたり、ヒナたちはみんな必死の形相。「やっぱり自然が一番だよね」とか「動物はいいなあ」なんて軽々しく言えない雰囲気がありました。
わたしはそこに登場するいろんな鳥の鳴き声やしぐさ、求愛行動なんかをマネしながら観ています。一昨日は小学一年生のめいっこと卵から孵化するヒナのマネをしました(彼女は臨場感があって、とても上手だった)。そんなわけですっかり鳥に詳しくなりつつある今日この頃です。


札幌国際芸術祭に参加するテニスコーツのお二人に誘われて、一緒に短い音楽劇をつくることになりました。
「ある森に渡り鳥がやって来て、相手と出会い、卵を産んで帰っていく。」この短いお話を、参加者の人たちと音楽劇にする試み。どんな “森” ができるかは、どんな人たちがそこに集まるかで変わるんだろうな。いやあ、どうなるか、どうなるか。やってみなくちゃわからない。

てなわけで、今週末、札幌へ行きます。


2017年7月14日金曜日

コンプレックスについて考えた日


自分が「よくない・隠そう」と思っていることが、他人にとっては「どうでもいいこと・そここそ魅力」みたいなことがよくある。
たとえば、私は声がコンプレックスだった。子供のころからなぜか少しかすれていてハスキーで、まあ良く言えばジャズシンガーみたいだった。でも、小学生にとってそんな声はありがたくも何ともない。少女漫画のヒロインみたいな声がいいわけだ。休み時間男子に追いかけられる女の子たちの「キャー」という甲高い声に憧れて、家でひとり「キャー」と言う練習をしたりした。

その頃は、コンプレックスはいつか魅力に転じるかもしれないなんて思いもしなかった。でも何年も自分の声と付き合っていくうちに、「まあいいや」という諦めから「興味深い」という希望にまでなってきた。なにしろ、いま一番やってみたいのは声の表現なのだから。
そう、ちょっとしたことで価値観はひっくり返る。だから、少しくらい人と違うところがあっても、気にせず堂々とやったほうがいい。隠そうと隠そうと思っていることほど、逆にあけっぴろげてみると案外世界が開けるかもしれないのだから。(まあ、気にしている間にこういう境地になれれば苦労しないけどね!)


いま、面白い本を読んでいる。
著者は、イッセー尾形さんの一人芝居の演出をずっとされてきた森田雄三さん。ページをめくるたびに、笑いと一緒に何かが音を立てて崩れていく感じがする。最後の方でこんなことが書いてあった。
余談になるが、わが事務所「株式会社イッセー尾形・ら」には、「四国の四県の名前を言いなさい」という入社試験もどきがある。もちろん、香川、徳島、愛媛、高知で正解だが、正解者は不採用となる。理由は「他所でも働けるから」といった冗談程度のものだ。(『間の取れる人 間抜けな人』)
さっそく関西に住む友人に電話してみた。
「もしもし。突然だけどさ、四国の四県のなまえ全部いえる?」(ちなみに私は香川県しか言えなかったけど、それについては伏せた。)
「香川、徳島、愛媛……分からない」と恥ずかしそうに笑う声がした。はっはっは。
私も友人もめでたく採用であった。




2017年7月1日土曜日

カエルの夢


今朝はカエルになった夢を見た。
布団からでてすぐに描いた絵。なかなか写実的に描けた。


頭の上が飛行場の通り道になってるみたいで、最近、今までにない大きい音で目がさめる。

小学生の時、もし魔法が使えるとしたらどうする?って聞かれたとき、「世界を平和にする」と真剣に答えていた。今だったら、とりあえず世界中の軍用機に積んであるミサイルを残らず不燃ゴミで捨てて、代わりにいろんな木や花や果物や野菜の種を練り込んだ土団子を積んで、空からばらまくってことをやってみたい。


2017年4月17日月曜日

本は最後から読んではいけない

さっき、村上春樹の新刊を半分読み終えて「よし、下巻に移ろう」と思ったら、間違えて下巻から読んでいたことに気づいて愕然とした。
表紙も何だか似ていてよく分からなかったし、目次だってどこから読んでも差し支えなさそうだった(すみません言い訳です)。それにしても今回は何の説明もなく新しい登場人物が次から次へと出てきておかしいなあとは思っていたけど、新しい小説スタイルなのかもしれないと思って読み進めたのだ…。

こういう失敗は小学校三年生の時にも一度あった。
その頃、サンタクロースにもらった『赤毛のアン』を夜ベッドの中で読むのが楽しみで仕方なく、登場人物たちの先のことが知りたくて知りたくて、我慢できずに最後のページを少しだけ読んでしまったのだ。ちょうどめくったそのページで、アンの育ての親のマシューが死んでいた。「マシューが死んでる!」と私は愕然とし、しばらく本を閉じた。登場人物の行く末を知ってしまった私は、その後「この人、死ぬんだよな」と涙なしには読めなくなってしまった。
「本は最後から読んではいけない」。これは小学校三年生の時に身につけた私の小さな哲学だった。

私がもやもやした気持ちを抱えながら『騎士団長殺し』下巻を手に眺めていると、「逆さから読めばおおかたの物事はトンチンカンに見える」とその分厚い本がつぶやいた。
「知ってしまったことを知らないことにはできないし、記憶喪失にでもかからない限り、上巻を楽しめないかもしれないです」と不安げに私が言うと、しばしの沈黙ののち「イルカにはそれができる」と分厚い本がさらりと言った。
うーん、イルカになったつもりで読んでみるか。




2017年3月25日土曜日

ぐちゃぐちゃの雲の中

今日の夜6時から西日暮里の古書ほうろうさんでトークします。
「楽隊のうさぎ」「島々清しゃ」でご一緒した音楽監督の磯田健一郎さんと、お互いのこれまでの職歴のこと、個人的読書体験や映画のことなどを話す予定です。お時間あればぜひお越し下さい。
(追記:司会を務めて下さった編集室屋上の林さんが、この日のトーク内容をまとめてくださいました。→前編と後編あります。)


いま、これまでのことを振り返ろうと昔のノートやメモをみているところなのだけど、思わず笑ってしまったり、あー、このころ大変だったなあとしみじみしたり、なんだか引越の前の荷物整理のような状態になっている。

たとえば、4年前のノートにはこんなことが書いてあった。そのころ駒場東大のすぐ脇に住んでいて、そこに通う科学者の圭太君とひょんなことから仲良くなった。彼はいまアムステルダムで自分の研究に邁進している。

7月27日 
昨日圭太くんと遅くまで飲んだ。彼が言っていたこと。 
・Uri Alon という生物学者は、どうしたらみんながもっとリラックスして、喜びにあふれながら自分の研究をし、人々の役に立てられるかを考えている。彼はパイオニアで、人々が彼に続いて行く。とても視野が広い。
・Uri さんは即興劇の勉強もしていて、いつも「Yes and」のことを言う。目的へ行くのは雲の中に入ること。そしてこのぐちゃぐちゃの “cloud” を楽しむこと。行き詰まりを楽しむ。どこに行くのか、どんな方向に連れて行かれるのかを不安に思うのでなく、わくわくしてみること。今やっている「くだらないと思えること」も “cloud” の一つ。 (Uriさんの講演を見つけた。面白い。→「真の革新的科学のために、未知の領域へ飛び込むことが不可欠な理由 ) 
それから彼は、「ストイックになると駄目だよね」とも言っていた。

振り返るとぐちゃぐちゃの雲の中でしかなく、それらの一つひとつを楽しんできたかと言えば、よくわからない。もう少し軽やかに即興に身を任せられるようになりたい。



2017年2月15日水曜日

雛祭りに向けて


来月、北鎌倉にある喫茶ミンカで朗読をすることになりました。
ここのオーナーである美香さんにお会いした時、川上弘美さんの短編のコピーを渡され、「真歩さんのイメージにぴったりだと思うの。ここで朗読をしませんか?」とお誘いを受けました。それから四ヶ月が経って、演出を宇田さんが引き受けてくださり、美香さん、桜井さん、私の三人で朗読劇が実現することになりました。
ただ今、雛祭りの本番に向けて稽古中です。楽しんでもらえるようがんばりますので、どうぞ春もうすぐの北鎌倉に足をお運びください。



数はわずかですが、チラシも作りましたよ。どこかで見つけたときは、どうぞ手に取ってみてください。

2017.3.2(THU) 3(FRI)  3:30P.M./ 7:00P.M. 開演30分前に開場
会場 喫茶ミンカ(鎌倉市山ノ内 377-2 JR北鎌倉駅より徒歩 3 分)
料金 2,000円(ワンドリンク付)
※ 席に限りがございますので、お早めにご予約ください。 
ご予約・お問い合わせ
電話 0467-50-0221 
http://www.mawari.jp/calendar/ 

2017年2月7日火曜日

開会式を終えて

東葛スポーツ「東京オリンピック」が無事に終わった。観に来てくださった方ありがとうございました。
密室で繰り広げられた1時間のライブのようなコントのようなお芝居。稽古から本番を終えるまでとても濃い日々だった…。なんというか今更成人式を終えたような、強制的に割礼されたような感じがしている。
初日前に緊張と不安で胃が痛くなっていたら、音楽好きの友だちからこんな励ましメッセージをもらった。
「HIPHOP! 出アタマの音を信じて、ノルこと! リラックスしなけりゃと思わず、テキトーに! 酒飲んだつもりで、酔拳のようなフロー! 客を前にして自分が一番楽しんでいいのがHIPHOP! ルールがないのがヒップホップ。誰より楽しんでやれば、それが正解だよ」
深刻なことを時に笑いに変えること、頭じゃなくてリズムに身体をまかせることって大切だなあ、と。そしてラップ、またやりたい!と思った。感謝。
いつかまたラッパーの山田でお会いする日まで。

楽屋裏(倉庫)にて出番を待つ。

Frank Ocean、Chance The Rapper、libro、NATURAL 9 NATION、BRON-Kなどなど……。今回もまた沢山のラッパーを知り、好きになることができた。






2017年1月11日水曜日

宣伝


YO YO! ご無沙汰、調子はどうYO?  こんにちは山田真歩インザハウス。
2017年開けましたね。私は年末に岐阜のマンホールにPHSを落としまして、最近じゃすっかり公衆電話ユーザーになりつつあります。
それはさておき、全国のヒップホップファンの皆さん、東葛スポーツとラッパーの山田真歩が好きだという皆さん、お笑い芸人ならケイシー高峰だという皆さん、オリンピックの開会式なら何でも観るという皆さん、にお知らせです。


2月2日から5日まで、御茶ノ水にあるギャラリースペース3331にて東葛スポーツ本公演『東京オリンピック』が開催されます。どんな開会式になるかって?  Who knows・・・。
みなさま、お誘い合わせの上ご来場ください。

↓チェキラ



2016年12月12日月曜日

急がば回れ

最近、チャレンジしていること。 
左手で書き、食べること。 
山を歩くこと。 
3月のマラソン大会に向けて走ること(人生初!) 
詩吟と日本舞踊の発表会に向けて練習。 

この間、漫画家のつげ忠男さんに『なりゆきな魂、』の舞台挨拶でお会いした時、「最近、右手が言うことを聞かなくなってきて、線を引いて離すとき、ピッとヒゲを描いちゃうんです」と話されていたのが印象に残って、それがきっかけで左手を使うようになった。二週間が経ってお箸で食べるのはなかなか上手になってきたけど(納豆以外)、書く方は相変わらず難しい。ゆっくりしか書けないため、いろんな発見がある。

↑ 左手で書いたランニング表。

最近、読んでいる本。 
夏目漱石『門』、『荘子』、『長田弘全集』、『大野一雄 稽古の言葉』。 

この間、生まれてこの方、夏目漱石しか読んだことがない人と知りあった。宇田さんという文章の上手な年上の女性で、宇田さんは10代の頃から夏目漱石だけを繰り返し読んで来たという(ただし、2011年の大きな地震があった後は新聞もとって読むようになったとのこと)。「一番好きな作品は?」と私が聞くと、『草枕』と笑顔で即答した。
また、生まれてこの方、詩しか読んだことないという人にも会った。河合さんはロウソクを作る仕事をしている。彼からマヤコフスキーというロシアの詩人をお勧めされて読んでみたけれど、頭がちんぷんかんぷんになった。「これはね、意味じゃないんだよ。とにかく早口で読んでみて」と言われて、早口で読んでみたけれど、ちんぷんかんぷんのままだった。

もし、世界が言葉でできているとしたら、夏目漱石だけを読んできた人と、詩だけを読んできた人では、ずいぶん世の中の見え方が違うんだろうなと思った。


2016年11月8日火曜日

お知らせなど

感想を言葉で伝えるのがムズカシイことがあります。
言いたいことがあるんだけど、言葉にすると違うような気がして(まあたいていのことはそうなんだけど…)、黙ってしまったりモゴモゴお茶を濁したり。でもそうしているとどんどん伝えるのが下手になってくるので、これからは頑張りたいです。
この前に観た「ジョギング渡り鳥」(鈴木卓爾監督)もそうで、何て言ったらいいのか分からなかったので、四コマまんがにして卓爾さんに渡したらたいそう喜ばれた。そうか、これからはこういう方法もいいな、と思ったのでした。この作品は、11月23日に第8回TAMA映画賞にて再上映されるとのこと!




今月、伊参スタジオ映画祭に行きます。
ここは、なんというか素敵な場所なのです。山の中の小さな廃校になっている入口には「入場料は笑顔です。どなたでもどうぞ」と書いてあります。わたしはここで澤田サンダー監督の「ひかりのたび」という作品に参加しました。撮影の期間中に近くに住む方々が温かい手作りのご飯をつくってくれたり(どれも美味しかった!)、そうめん流しの台を竹でつくってくれたり。わたしも撮影の最終日に「手伝いたい」と言うと快く迎え入れてくれました。エプロンを借りて三角巾をつけ、ハンバーグ用の玉ネギを炒めたり、キュウリを切って浅漬けにしたり、トマトを湯剥きして砂糖につけたり。みんなでお喋りしたり笑いながら料理できて、楽しかったなあ。

この映画祭では、夜の校庭でプロジェクターに映画を写してみんなで観るそう。暖かい格好をしていらしてください、とのことでした。わたしは20日に行きます。来てね!(近くに四万温泉もありますよ〜♨️)

伊参スタジオにて(撮影・高川裕也さん)

2016年9月29日木曜日

ある朝のインタビュー




長野県の友人宅にて。
この間、朝ご飯を食べながらむにゃむにゃと話した音源が送られて来た。「15名の人に同じ質問をして語った音源を展示する」という企画らしい。質問してくれたおぐっさん(友人の旦那さん)の声は編集でカットされていたので、なんだか独り言のような不思議な感じになっている。
どんな質問だったかというと… 

1 生きていくうえでこれだけは必要というものが何かありますか?
2 哲学があったら教えてください。
3 天才と呼ばれている人のことをどうおもいますか?
4 父上、母上の思い出などあったらおきかせください。
5 よく「幸せになりたい」という言葉をききますが、どんな形にせよ幸せになることが人生の目標だと思いますか?
6 好きな食べ物はなんですか? 好きな料理は?
7 これから世の中はどうなっていくと思いますか?
8 人間の怖さってなんだとおもいますか?
9 生き物と物との境はなんですか?
10 夢はなんですか?
11 世の中に言いたいことはありますか?
12 好きなことわざ、四文字熟語などはありますか?
13 毎日かならずしていることはありますか?
14 表現で大切な事は何だと思いますか? 
15 旅はすきですか? 
16 自分の名前は好きですか?
17 やさしさってなんですか?
18 影響を受けた人はだれですか?
19 これからしてみたいことはなんですか?
20 美しさとはなんだと思いますか?
21 最強の格闘技はなんですか?
22 ピカソは素晴らしいと思いますか?
23 子供のことをどう思いますか?
24 頭が良い人というのはどんな人のことだと思いますか?
25 愛とはなんですか?
26 世界の人々が仲良くするためにどうすればいいとおもいますか?
27 過去を振り返ってみてどうですか? 


などなど、朝からたくさん質問を受けた。また何年か後に聞かれたら答える内容は変わってるのかもしれない。他の人の答えも聞いてみたいと思った。

それと今からでも間に合うなら、いちばん最初の質問に「音楽」と「笑い」を入れたい。



2016年9月9日金曜日

裁縫中(追記あり)

ウクレレに続き、息抜きシリーズ。

9月末にやる展示に向けて四コマコースターをちくちくと縫ってます。
これは2コマ目の「カピバラくん」です。↓ 




他にも、四コマで完結する絵を四枚のコースターに縫ったものが並びます。
お近くの方はぜひふらりと寄ってみてください。コースター山田というペンネーム(?)で置いています。

「古布ASOBI」展   9/29(木)〜10/10(月)
新しい人
15:00〜21:00   火曜定休
東京都杉並区高円寺南3-56-5 105


大量生産できないのが惜しい。


(↓追記:始まりました。)


2016年9月2日金曜日

ウクレレを練習した日

ひょんなことからウクレレを買った。3千円の安いやつだけどね、気に入っている。
とても軽いのでどこにでも持って行けるし、ちょいと休憩って感じで散歩しながらでも弾ける。上手になりたい。


2016年7月14日木曜日

もやもやくんへの手紙




もやもやくんへ

一年前、何してた?
一年前、私は毎日海の底を歩いてた。
歩いているうちに心がどんどん固く重くなっていくのが分かった。
見ると、びっしりと白いものがこびりついてた。フジツボだった。
どんなに固い岩でこそぎ落とそうとしてもだめだった。
私はあきらめてそのかさぶたみたいになった心を抱えながら歩き続けた。

何日かたって、私は泣くかわりに笑うことにした。
フジツボが出てきたら、すぐに立ち止まってなるべく大きな声で笑った。
初めは難しくても、空元気でも、演技することならできた。
ずっと演技しつづけたらそれは本当になった。
もうすぐ陸は近いって、頭の上でちらちらゆれる太陽が教えてくれた。

もやもやくん、あの固くて白いものは何だったんだろう。
あんなことって、本当にもう二度と経験したくないよ。
あれはもう終わったって、フジツボは戻って来ないって、毎朝思いながら目を覚ますよ。





海の絵を買った。去年知り合った片山高志くんが描いた作品。
音楽が送られて来た。越川さんから。
どちらも、とても気に入っている。


2016年6月25日土曜日

牧野富太郎記念館へ行った日

おととい、高校時代からの友人のさやと牧野富太郎記念館へ行ってきた。
道中いろんな話をした。彼女は大学でアール・ブリュットを学び、長野の美術館で働いたあと、茅野に自分のギャラリーをつくった。その名もアノニムギャラリー。「アノニム」には「無名の」とか「匿名の」という意味があるらしい。たしかに有名な作家の作品は置いていない。私だって展示したことがあるくらいだから、その無名っぷりは徹底している。

電車の中で彼女が熱く語った。
「そもそもアール・ブリュットの定義はね、秘密、孤独、沈黙なわけ。だから『アール・ブリュット展』とか『アウトサイダーアート展』とかって、作品を発表したり評価をうけてしまうと、もうすでにそれはアール・ブリュットではなくなっちゃうわけ」
「ふむふむ。でもさやは、そういうものをギャラリーで展示しているんでしょ?」
「そうだよ。こっそりね」
「矛盾しているんだね」
「そうなの」

大泉学園駅近くのうどん屋でお昼ご飯を食べ、いざ記念館へ。
平日だったせいか、人も少なく静かだった。庭にはいろんな草木が植えられていて、一つ一つに名前が書いてあった。「道端でよく見るけど、あなたそういう名前だったの」という感じ。牧野さんが日夜研究した書斎もそのまま残っていた。ボランティアのおじさんが「彼は草花を探しに野原へ行くとき、いつもとびっきりのお洒落をして行ったんです。まるで恋人にでも会いにいくみたいに」と教えてくれた。
千以上の名もなき草花を発見しては名前をつけていったという。「金木犀」もそうなんだね。もし私が野の花だったら、牧野さんのようなネーミングセンスのある人につけてもらいたいと思った。

展示の一部に、牧野さんが書いた勉強心得が飾ってあった。20代の頃に書いたその15か条の抱負は死ぬまで実践されたという。私は、気がついたら立ったまま全部書き写していた。手がしびれた。





その間、友人は中庭のベンチに座って草花を眺めていた。雨が上がって、庭は木漏れ日でキラキラしていた。私が隣りに腰かけると、「いま、わかったよ」と言ってメモしたことばを見せてくれた。
「アールブリュットはまだ誰も足を踏み入れたことのない森のなかで木漏れ日を受けてひっそりと咲く美しい花だ」

私は親指を立てて、かっこいいじゃん、と言った。





2016年4月30日土曜日

『ヒップホップ・ドリーム』を読んだ日




映画「サイタマノラッパー」でラッパーの役を演じることになり、人生で初めてラップを聴き始めた日々のことを思い出した。
あの頃、THA BLUE HERBを聴いていたのは覚えているけど、私にとってラップは未知の世界だった。右も左もわからずに「ラッパー/初期/日本人」と検索したら、吉幾三の「おら東京さ行ぐだ」という曲が出てきて、とりあえずそれをヘビーローテーションすることから始まった。
それから毎日いろんなラッパーの曲を聴いていたら、あるときMC漢の「導〜みちしるべ」というCDを手にした。それを聴いたときの衝撃は忘れない。「この人の言っていることは本当だ!」と思った。たくさん聴いて、背中を叩いてもらった。

そして今日、漢の自叙伝を読み始めた。とても面白い。正直で、チャーミングな文章。
また、ラップをやりたくなった。