1. 三匹の蛸
ノックの音がするのでドアを開けると、そこには太田省吾さんとアルヴォ・ペルトさんとジョナス・メカスさんが立っていた。この戯曲家、音楽家、詩人は、みんなそれぞれ別の場所から同時にやって来た。そしてドアを開けるなり、わたしに蛸のように吸いついた。わー。
二週間前、太田省吾さんの『舞台の水』を握りしめながら新宿をあてもなく歩いていた。誰かと話がしたかった。
一週間前、ジョナス・メカスさんの『森の中で』を声に出して読んだ。一語一語の言葉のあとを何も考えずについて行くと、知らない場所にいた。
2. よく見る
きのうの夜、一人で「水の駅」を見ていた。
老婆が人差し指に水をつけ、ゆっくりと口に近づけ、舌を出して吸いついたときに、わたしはポンと膝を打った。
「いま、ここ、これ」という瞬間。面白くも、意味もないかもしれぬが、触れる価値のあるもの。それらを、引きのばそうとする努力。「ほら、この瞬間だよ。もっと味わって」とでもいうような。そんなふうに思えてきた。美しい蝶をピンでとめてガラスケースに入れる人がいるけれど、その行為に似ていると思った。
始まってすぐは寝ちゃうかもと思ったけれど、最後まで見飽きなかった。というか、なんて官能的なんだろうか……。水の音が官能的になったり、切なくなったり、苛立ったり、慈悲深くなったり聞こえてくるから不思議。水は変わらないけど、水を受け止める人はそれぞれ変わる。水の音がやむ瞬間、なぜだかすごくホッとした。
3. よく聞く
セルジュ・チェルビダッケさんの指揮。
あのね、もっと耳を澄ませてくださいよ。隣りの音に。あのさ、そんなに急いだら味わえないだろう。もっと、いまここで響いているものに佇ずんでください。ほら、違う世界の楽しみ方が見えてきたでしょう。
そんなふうな声が聞こえる。
ここ最近であったものをまとめておこうと。ひとまず。