2019年9月24日火曜日

ハン・ガンさんの本


ある時期から小説が読めなくなった。
その頃いろんなことで心が傷き、人間の心を扱う小説を読むのがしんどくなってしまったのだ。最後に読んだ小説は、確か『死の棘』だったと思う。
私は小説の代わりに、詩や軽いエッセイを読み始めた。もう小説には夢中になれないんだと思うと残念だった。
でも最近、一冊の本に出会った。ハン・ガンさんの『菜食主義者』という小説だった。小説を夢中で最後まで読めたのは何年ぶりだろうか。そんな作品に出会えたことが、純粋に嬉しかった。

ハン・ガンさんの文章を読むと、心の一番奥の柔らかい部分が震える。そこはいつもは蓋をして隠しているところ。分厚く鎧をかぶって、少し鈍感になっていないと、いろんなことにいちいち傷ついてしまうから。
だけど、彼女の書く文章や声に触れるとその場所が柔らかく開き始める。「傷つきやすいこと」がとても大切なことのように思えてくる。むしろ失ってはいけない宝物なのだと思えてくる。
「どうか、心に鎧をして生きないで」
「なるべく裸の心のまま、震えて立っていて」
そんなふうに私に語りかけてくるように思うのは、きっと彼女がそのように世界と向き合っているからだろうと思う。
どれだけの傷に彼女は耐えて来たのだろう。

時々、「ああ、今ウソをついてしまった」と思うことがある。
心にも思っていないことを言ってその場を切り抜けてしまったと。そのようにして出てきた空っぽの言葉は、誰の心にも届かないし、何より言った自分が苦しいのに。
心の一番やわらかいところから出てくる飾りのない言葉。
そういうものが、いつの間にか消えないようにしたい。