2021年1月2日土曜日

二〇二一年一月

一日

実家にて。Tさんから送られてきていた俳句の月刊誌「雲」の11月号から1月号までを読む。7年前に亡くなった旦那さんの句集『てっぺんかけたか』も。以前はわからなかった句も、何年か経って読むとパッと情景が広がったりして楽しい。難しい漢字は辞書を引きながら読む。

あとがきに、「歩いて俳句。歩いているうちに思いがけない出会いがある。自然との、人との出会いを大切にしたい」とあった。俳句を詠む人たちにとっては、目に映るもの、世界のすべてが季語に見えるのかもしれない。

川沿いを高幡不動尊まで散歩。土手から富士山がきれいに見えた。お正月はなぜかいつも雲一つない空。大学生のときよく通った「あんずむら」でカフェ・オレを飲む。


ニ日

もうだいぶ忘れてしまったけれどこんな夢を見た。求婚者を断りつづける。彼らはカッコいい車に乗っていた。そのあと、ピアノをとても美しく弾く女性と恋に落ちたような気がする。今年の初夢。

本棚にあった『詩という仕事について』(ボルヘス著)をめくっていたら、面白くてそのまま最後まで読んでしまった。タイトルに惹かれて何年も前に買ったのだけれど、その時は内容がよくわからなかったので本棚にしまって置いた。今読むとすごく腑に落ちる。

意味ではなく、音楽のように言葉を発するということ。

芸術や詩はどこかに永久保存してあるものではなく、それを感受できる人間が触れたときにはじめて、その両者の間に発生するものだということ。